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【短い小説】アルファとベータ /2100文字

私と弟は、いつも一緒だった。
弟が『納品』されたその日までは。

私たちは、父の私的な研究施設で造られた生命。
生物学上の父と母を持たない、いわゆる人造人間だ。
私が父と呼んでいる人は、その知見を以て私たちを無から有に変換した研究者だ。
父は便宜的に、先に産まれた私を「アルファ」、後から産まれた弟を「ベータ」と名付けた。

私たちは父の研究の成果であると同時に、将来的には誰かのモノになる商品でもあった。
父は度々、多額の報酬と引き換えに、依頼者のオーダーに合わせた人間を造っている。通常は、無償提供された卵子と精子を基に、遺伝子操作などの技術でオーダーに合わせた「遺伝子組み換え人間」を造り出すことで対応している。その方が確立された技術の延長線で出来るし、何より失敗のリスクが低く抑えられるからだ。

父が私たちを造るにあたり、リスクの高い「イチから人間を造りだす」方法を選んだのには、理由がある。
それは、依頼者の出してきた仕様が、人間の卵子と精子を使った方法では実現が困難だったからだ。

その困難なオーダーとは。

「誰よりも強く、武器による傷では死なず、毒にも侵されず、守るべき対象には絶対服従し、その者と共に生き、同じ時に生命を終えること」

父はこの無茶な依頼を断らなかった。報酬が魔法石の鉱山ひとつという破格な内容だったのもあるが、何より父の研究者魂に火が付いたのだろう。
ただ、なるべくご希望に添えるように力を尽くすものの、全ての条件を実現できない可能性があることだけは、依頼主に了承させたという。

父は、何度も何度も失敗を繰り返しながら、どうにか私たち二人を人工子宮で育て上げることに成功した。
後で聞いた話では、私たちを含め、人工子宮に投入した受精卵は20個ほどあったという。残りの18個は人工子宮で育てる過程で死んでしまったか、成長過程で重篤な障害が発生したために強制的に生命を終了させられたようだ。

幸いなことに、私たちは特に大きな問題もなくすくすくと成長した。
顔や姿かたちは双子のようによく似ていた私たちだったが、活発でお転婆な私に対し、弟は人形のように大人しかった。
いつも遊びに誘うのも、ちょっかいを出すのも私の方で、弟は誘われる側、やられる側担当だった。弟は私に何をされても、決して泣きもせず、怒りもせず、やり返すことさえしなかった。

今にして思えば、弟の心は空っぽだった。
まるで、後で何かを入れるためのスペースをあえて確保しているかのように。

私たちは幼児教育を終えると、それぞれの分野に応じた家庭教師をつけられた。
勉強を見てくれる先生、魔法を教えてくれる先生、運動と剣技を教えてくれる先生。
勉強を見てくれる先生は専ら父の役目で、残りは父の友達が交代で先生役を担ってくれていた。
私が全ての科目を平均的にこなしていくのに対し、弟は見事なまでに一極集中型だった。彼は、魔法と剣技に殊更興味を持ったようで、先生が帰った後もそればかりを一生懸命練習していた。
その熱量の差から、私がこの2つの分野で弟に敵わなくなるのは、当然のことだった。
剣技で弟から1本も取れずに負けた時に、彼が見せた満面の笑みは、恐らく一生忘れることはないだろう。

そして、おそらくこの特性の差が、私たちの人生を二つに分けることになる。

あれは10歳の誕生日から、1カ月ほど経った頃だったと思う。
父から突然、弟が明日、依頼主の許に『納品』されることになったと告げられた。
そして、お前たち二人は、今後二度と会うことは出来ない、と。

えっ・・・。
ベータとは、ずっと一緒に居たのに。
たった二人の、姉弟なのに。
二度と会えないって、どういうことなの?

・・・どういうわけか、喉まで出かかっていたその言葉を、父の前では口に出来なかった。


その日の夜。
弟はこっそり私の部屋を訪ねてきた。
どうやら彼は、ここに来るまでの間、ずっと泣いていたようだった。
普段感情を表に出さない子がこんなに泣くのは、よほどのことだ。やはり、住み慣れたここを離れ、たったひとりで知らない場所に行かされるのは、本当は嫌なのだろう。
そう思った私は堪らなくなって、弟の身体をぎゅっと抱きしめた。
「アルファ・・・!」
弟は私の背中に手を回すと、嗚咽を零しながら、こう言った。
「アルファ。アルファ。お願い。僕のことを、忘れないで」
「何を言っているの。忘れるわけないでしょ。ベータは大事な弟なんだから」

・・・この後、弟が零した言葉に、私は愕然とした。

「僕は、今までのことを、すべて忘れてしまうから。
ここで産まれたことも、お父さんのことも。
そして、大事な大事な、アルファのことさえも。
忘れたくないけど、忘れちゃうんだって。
あっちに行ったら、そうなっちゃうんだって。
ごめんね、アルファ。ごめんね。でも、僕は、アルファには忘れられたくない・・・!」

弟は、ごめんね、ごめんね、と何度も私に詫びながら、わんわん泣いていた。
私は弟にかける言葉が見つからないまま、ただ彼の身体を抱き締めているより他になかった。

翌日、弟は父に連れられて、この研究所を後にした。
父の言葉通り、この日を最後に、私と弟は二度と会うことはなかった。


そして。
弟は、天界最強の武人「ノエル」になった。

<終わり>


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