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約7ヶ月ぶりにnoteを書きます

こんばんは。
投稿が久しぶりになりました。
約7ヶ月ぶりです。
前回は27歳になる前日に書いているので、
あの頃は26歳だったんですね。
なんか数字が一つ違うだけですごく子供に思えます。

そして些細なものですが、私の過去の投稿を読み返してみました。
こんなことを思っていた時期もあった…と思い出すとともに、客観的に見て私という存在は不確かで一貫性がないと思いました。
言ってることとやってることが違いすぎるし、昨日宣言したことをコロッとすぐ変えてて、なんだこの人間は、と悲しくなりました。幻滅しました。自分で書いておきながら「この人、自分のことわかってないな」と思いました。軸がブレブレでダメですね。

読み返すと昔から今と同じようなことを思っていて、びっくりしました。この時期にこんなことを考えていたんだ!?と。

私は過去を信じることができないのですが、
過去の言葉だけは信じられます。
過去の自分の行動、決断を全くと言っていいほど信じられません。過去を振り返ると恥ずかしくなるし、自分がしたこととは思えなくて、曖昧な返事しかできなくなります。だから、昔の同級生と会うと困ります。本当に友達だったかわからなくなるからです。昔の自分を信用できない。これはずっとです。生きてきたかも信じられない。
私は過去なんて存在しない
そう思っています。
けど、過去に発言した言葉、文章はなぜか自分のものだと自信が持てます。
絶対こんなこと書いてないよ!とはなりません。
紛れもなく自分自身の気持ちで、言葉です。その時限りの。

なぜ、またnoteを書こうと思ったかというと
人生迷子になってきたからです。
昔の自分は何を考えていたのか、何かヒントが隠れているんじゃないかと思って久々にnoteを開きました。
ヒント、たくさんありました。
面白かったです。自分の考えてることを読み返して。

確実に一つ言えることは、
昔の私は家族にしがみついていた。依存していた。
けれど今は家族なんて必要ない、1人で生きていける。そう思えるようになりました。
もう、親がいなくても大丈夫。
同居して親と戦争をして、気持ちをぶつけることができた。全部ではないけれど、8割近く。
ある日突然我慢の限界がきて、大声で叫んだ。今まで苦しかったこと、痛かったこと。
お互い叫びあって泣いて、
それでも分かり合えないとわかった。
何を言っても母には通じないと思った。
無理だと思った。
戦ってみたら、それは怖い相手じゃなくて戦う価値のない相手だった。
でも戦ってみて良かったと思った。
親子とはいえ違う人間だからわかりあえないこともある。お互い理解できないこともある。そう思ったら仕方ないと思った。社会に出て働くように、家でも気を遣ってそれなりにうまくやっていけばいいんだと思った。

家族は絶対に仲良くならなければいけない
と思い込んでいたけど、
別にそんなことないんだ。
程よい距離でテキトーに関係を保っていればいい。
今まで真面目に考えすぎてたのかもしれない。
言葉の通じない相手にこんなに心身削って頑張る必要はない。

一回ぶつかってみることってとても大事だったんだ。

このことに限らず自分の本心を相手に伝えることは大切だと学んだ。
偽りの自分を演じ続けるんじゃなくて、
本当に好きなことを好きなままで
ありのままに伝えられるような人に
なりたいと思った。

少しずつだけど前に進んでる実感がある。
もう少しで何かが掴めそうな気がするんだ。
そんな予感がする。
もうちょっとなんだ。
犯行のトリックはややこしく、窮屈に絡み合っている…。

こんなことを書きたいんじゃないんだ。
でもつらつらと出てきてしまう。
書き出すと止まらなくて1時間くらいずっと書いていられる。
全然苦しくもないし、私にとって自然なこと。

今後の未来についてずっと考えている。
今の職場に居続けたところで成長は見えないし、
ぬるま湯に慣れてしまうのも怖い。
実家は絶対に出たいから、地元を離れて一人暮らしを始める。これは自分の中で確定事項。
問題なのは仕事なんだ。
何の仕事をしたいかが問題なんだ。
これが悲しいことに全然わからない。。
求人を見れば見るほど自分にはできないような気がして苦しくなってしまう。
けど、働かなければ生きていけない。。
仕事さえ見つかればとっととここを脱出できるのに〜。困った。
何とか見つけたい。

長くなってしまったのでまた明日書きます。

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