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短編戯曲「Messenger」


「Messenger」 ヒナタアコ




 暗闇がふっと明るくなる。地明かり。
舞台装置などは特にない。誰もいない空間。

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少ししてから、人が歩いてくる。
目の前のスマートフォンをじっと見つめ、キョロキョロと目線を彷徨わせる。

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ふとこちらを見つめ、『見つけた!』と目を見開く。
駆け寄ってくる。
画面とこちらを交互に見つめて頷き、手元のスマートフォンを操作する。
再びこちらを見る。


「うんうん」


 何かに納得した後、スマートフォンをカバンにしまう。
じーっとこちらを見つめている。
何かに反応してぱっと目を開く。少し微笑み、声をかける。


「こんにちは。配達員です。メッセージをお届けにまいりました」


 帽子をとり、カバンを置く。
突然、全身を伸ばしたり回したりし始める。
ストレッチをしているようだ。

ふとこちらを見る。
少しの間。
一瞬ぽかんとした後、何かに納得したように話し始める。


「…え?
 あぁ、そうですよね。『何をしてんだろ』ってなりますよね。すいません。
これは準備ですよ。これからメッセージをお届けするんで。
大した長さじゃないんですけど、こういう仕事ですからね。
準備を怠ったらいけません。人様の想いですから。
私の祖父の代から、準備は大事にしろって言われ続けています。
…もっとも、祖父の頃は【配達員】って名前の仕事ではなかったそうですが…」


ストレッチが終わったらしく、今度は『あ、あ、あー』と声を出す。
何かに納得がいかなかったのか、再び伸ばし始める。


「祖父が言っていました。
今どきのモンは準備を舐め腐るからいけない、と。
『集合時間までの空き時間は、朝飯を食い仲間と談笑するためにあるんじゃない。時間とともに仕事を開始するための準備のためにあるんだ』って。
耳にタコが出来るくらい言われましたよ…」


ぱっとこちらを見る。
一瞬の間。
何かに気が付き、苦笑いをする。


「そうですよねぇ…今どき言いませんよねぇ…死語か…
って、死語も言わないのか。
えーっと、昔は使ってたけど今は使わない言葉って意味です。死語の方。
耳にタコってのは…うーん、言われすぎてうるさいって感じですかねぇ…」


再び発声練習に戻る。今度は納得がいったらしく、一人で頷く。
突然上着を脱ぎ始める。

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カバンの中から服を取り出し、着ていた上着をしまう。
服を着始める。

目が合う。
こちらの視線に気が付き、苦笑いをする。

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「服?着替えますよ。だってこれからメッセージをお届けするんですから。貴方が貰うということは、誰か送り主がいるってことですからね。
出来る限りその人に寄せて、それっぽさを作ってあげたいな~って思うんですよ。
配達員が皆こうじゃないんですよ、ただ与えられたメッセージを口に出すだけの奴もいます。
これも祖父の代から受け継がれてきた手法ですね。よく言ってました。
『【他人(ひと)の言葉】だから、つける限りの嘘をついて、本物にならないと』って」


カバンから眼鏡を取り出し、かけようとする。
ふと、動きを止める。
顔をあげ、視線をとらえ、声をかける。


「・・・あの、よーく見ていてくださいね。一回しかやりませんから。
いやぁ、もちろん見直すことだってできますけど、なんていうかなぁ。
私たち配達員が運んでいるメッセージってのは、本来、一期一会なんですよ。貴方に何か伝えたい人が、色々なことを考えて、捻りだした言葉たちですから。
ね、だから、よーく見ておいてください。
眼鏡をかけたらすぐ始まりますんで!」


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再び俯き、呼吸を整える。
手に持っていた眼鏡をかけ、顔を上げる。

照明、徐々に色を変えていく。

"誰か"と目が合う。
少し困ったような顔で笑いかける。
その姿は、先ほど話していた人とは別の人間のように見える。
何かを言おうとして、口を噤む。
少しの間。
やがて、意を決したように声を出す。女のようだ。


「チャンジャ、枝豆、あと何食べたっけ。

君と二人で飲みに行った居酒屋さん、こないだ閉店してたよ。
打ち上げといえばあそこだったから、何かが終わった気がして寂しくなっちゃった。

元気にしてる?
こう聞いても「死んでる」って返ってくるの分かってるから、君に「死んでる」なんて言葉、何度も言わせたくないから、私はワタシの言葉を使うことにしたよ。

言葉って本当に難しくてさ、心が呼吸してない人にかける言葉って本当にないんだよね。
何を言ってもハサミになる。切り裂くだけになる。
…まぁそんなことは知ってるか。

初めて会ったのは『ここ』だったよね。
ワタシの言葉の入った小瓶をSNSの海で拾って会いに来てくれた。
そんな君との出会いは、きっと【奇跡】とか、そんな陳腐な言葉でしか言い表せないんだろうけど、その陳腐さすら今は愛おしくてたまらない。
君に出会えて本当に良かった。

ずっと、文字を綴ることが好きだった。
小学生の頃からずっと詩を書いてきて、中学校からは小説、高校では戯曲なんかも書いて、文芸部にも入ってて。
途中から違う世界に足を突っ込んだけど、私はワタシが書く文字達を愛してる。

でも、夢を諦めたのも人より早かった。
自分の今の居場所とスキルと頭の中身とお金と、何より一人で踏ん張れるだけの強さがなかったからねぇ。

今思うと、いい顔しすぎてたんだよな。
別に喧嘩しても良かったし傲慢でも良かったんだよ。自分がやりたいことを押し通すだけの強さがあればそれだけで良かった。
夢までの地図が曖昧過ぎたせいで、どんどん弱くなって、負けていった。
その辺のごちゃごちゃ全部捨てて、やりたいことだけやりたい人とやるって決めてからの方がずっと自由で、楽しんでるよ。

私が君と出会ったのは、そんな時。
貴方が創るモノが好きだって言われたことは何度もあったけど、貴方の「言葉」が好きだって言われたのは初めてで、凄く動揺して…
嬉しかったのを覚えてる。

君が私にくれたもの。
例えば、コンビニのお弁当、おにぎり、ゼリー飲料、エナジードリンク。
夢中になるとご飯食べなくなる私に、人の奢りなら食べざるを得ないだろって強制的に渡されたそれらは、味がしないくらい追い詰められてた気持ちを溶かしてくれた。

例えば、タバコをくゆらせる時間。
私が外に吸いに出たら、何かを察したかのようにあとを追いかけてきてくれたこと。
した話はたわいもなくて思い出せないけど、あの日の寒さとかそういうものだけ、しっかりと、覚えている。

…ああ、ははは、もう分かんないな。
これは紛れもなくワタシの言葉なはずなのに、もう何を書いてるのかよく分かんなくてさ。
私の気持ちをだれか別の人の気持ちみたいに書くのは得意なのにな。
でもさ、結局自分のことが一番分からないんだろうと思うよ。
…君もそうなのかな。

私は君の背中にもたれたことがあるし、君の手を握ったこともある。
君が歌う歌に涙したし、小さく縮こまる身体を抱きしめたこともある。
私は、君のことを、愛している。

でもさ、恋人とかじゃないんだよ。君は私の半分なんだよ。
よくソウルメイトって言葉を聞くことがある。魂の双子とか、そういうやつ。それとはまた違うよね、って話したの、君はちゃんと覚えている?
同じ魂を持った二人というには、君と私はあまりにも違う存在だよねって。

好きなものも、性質も、考え方も真逆で。
なのに大切なところだけは絶対に外さず噛み合ってた。私の半分。
半分を見つけた私はすごく嬉しくて幸福だったけど、君はどうだったんだろう。

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今でもたまに、私だけが『半分だね』って喜んでいたんじゃないかって思う。君にとっては些細な、どうでも良いことなんじゃないかって。
そうだったら寂しいなって思うんだけど、それを寂しいと思うことすら真逆なのかもしれないなんてふと思って…
あぁやっぱり君は私の半分だ。

君がワタシの言葉を愛するから、君がワタシの言葉を発したいというから。
私はワタシを残したまま、この世界に生きている。
もう書けなくていいと思っていたけど、君の言葉は私の心に杭(悔い)を打ち込んだ。
どうしても諦めきれない何かを残していった。

本棚の話を覚えてる?
私、忘れてないよ。君と違って所謂『普通の仕事』に追われてるけれど、それでもちゃんと覚えているし、書き上げるつもりでいるよ。
今までだったらきっと忘れてしまってたけど、…約束したから。

…君は生きるべきだ。死ぬなんて許さない。

二十七歳で死ぬことなんてできないはずだ、だって君の半分はここに立って生きている。
二十七なんてとうに過ぎて、気がついたら二十九の方が近くなっている、ワタシが、まだ死なずにここに立っている。

ロックンロールは僕を救わなかった。あの日、そう言って微笑ったね。

私はいつだって君がいなくなるのが怖い。
だって君はワタシの半分、ワタシをこの世に縛り付けた人。
どうしようもなく憎らしくて、どうしようもなく愛おしい。

心がざわざわする。どうしても分からない暗闇、理の見えない存在、君は間違いなく世界にとって【異質】で、そしてそう思うワタシもきっと【異質】なのだろうと気が付かせる。
君は全然私じゃないけどワタシなんだよ。

この言葉がワガママだってこと、私が一番わかってるよ。
なんでお前に言われなきゃいけないんだ、僕の事なんて何も知らないくせにって言われるのだって覚悟してる。
届かない可能性だってある。この言葉が君のもとに届くかなんて、一ミリも分からない。
いまやワタシの言葉を目の前の人に届けるすべなんてないんだ。

絶望して、悲しんで、もう無理だと何度も諦めて、それでもこうして書いている。
ワタシが届けたかった言葉はこれじゃないんだって。
君の口から君の気持ちを乗せて君の音で奏でられる、ワタシの言葉を、夢に見ている。
でも、今の君には届かないから、せめてぶん殴るくらいしてもいいでしょ。

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君が君という存在に絶望して、心を殺して、身体を殺して死んでしまうより、ワタシを嫌った貴方がどこかで生きている方が、ずっとずっと、幸せだって、知っている。

あの日の、あまりにも寂しく響く君の歌声が頭の中に残っていて、私は未だに胸がいっぱいになって、泣いてしまう。
誰に応えてほしいのかなんてわからない、私じゃないんだって分かってる。
だから勝手に応えるよ、君の、あの小さな問いかけに、もう一回だけ。

間違ってない、間違ってないよ。
君は、間違っていない。

…この世界にいろと、ワタシの言葉を紡げと、呪うように愛してくれたから。
私も君を、呪うように愛してみせる。
生きにくくて、逝きにくくて、吐き気がして、涙が出て、どうしようもないであろう君のこと、手放してやらない。
ワタシが何もかも手放して死ぬまで、ボロボロになるまで遊び倒して、君の身体に勲章という名の傷跡を残すまで、ずっと、ずっと。

ねぇ、またお酒を飲もうね。
煙草も吸おう。
…そして、世界の話をしよう。

さよならなんて言ってやるもんか。・・・またね!」


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女、手を振って微笑んでいる。
静寂。照明の色が段々と地明かりに戻っていく。

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配達員が、こちらを見ている。
眼鏡をはずし、着ていた衣裳を脱ぎ、カバンにしまう。
カバンから上着を取り出し、着る。
カバンを持ち直し、帽子を手に取る。

ふ、と息をつき、こちらを見る。
沈黙。

無理やり表情を変えて、配達員がお辞儀をする。


「この度はありがとうございました。
またのご利用を、お待ちしております」


微笑み、手を振る。
その表情がふっと消える。スマートフォンを取り出し、操作する。

その動作が止まる。
少しの間。
小さな小さな声で、話し始める。

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「…ねぇ。私の言葉は、ちゃんと届きましたか。
貴方は目の前にいません。
私の目の前にあるのは、ただの覗き穴。
誰にでもアクセスできる動画サイトを介して届けられる、メッセージ。
気が付いたら、これが当たり前になっている、事実」


間。
配達員は、どこか悔し気にうつむいている。

刹那、言葉が堰を切ったように溢れ出す。


「分かっています。…こんなご時世です。こうやって誰かに届けられる言葉を配達できるだけ、幸せなことだっていうのは。
自分一人で頑張っている訳ではなくて、色々な人の手助けがあって成り立っていることもちゃんと分かっているんです。

でも、祖父の仕事に憧れてこの仕事を目指した自分にとっては、これは全くの別のモノなんですよ。どうしようもなく。

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祖父の時代、配達員は別の名前で呼ばれていました。
想いを伝えたい人の気持ちに寄り添い、まるで自分が感じたかのように発する。
その人の役割を代わる者・・・『役者』と。

私の言葉で誰かが笑い、泣き、怒り、苦しみ、痛み、そして最後には何事もなかったかのように風が吹き、世界は消え、人は束の間の逃避によって力を取り戻す。
出来る限りの本物を目の前に差し出してやる。
そんな…『役者』になりたかった。

このガラス一枚が憎い。

この向こうにいる、私がメッセージを届けた『貴方』は、今どんな顔をしているんですか?
そもそもそこにいるんですか?
誰が、私のメッセージを受けとってくれたんだろう。
このメッセージは貴方の心を少しでも溶かし、癒すことはできたのでしょうか…

…この世界はどうしようもなく違う。
隣には誰もいなくて、独りぼっちで、画面の中の言葉に満足したふりをして、出会いたがる自分を、見ないふりしている」


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沈黙。

肩が震え、鼻をすする微かな音が響く。
ふらふらとこちらに近寄ってくる。
目が、合う。


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「・・・私は、信じています。
『貴方』に、この言葉が届いていることを。

そして、またここで、同じ空気を吸い、同じ圧を感じ、同じ出会いをすることを。
キラキラした小さな奇跡の積み重ねがみられることを。

だって…
ねぇ、『貴方』も同じでしょう?

腰が痛くなるパイプ椅子、肩が触れあうくらい狭い座席、それでも、あの場所を求めてしまう。
思いもよらない出会いの場所、劇場」


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小さく溜息を吐く。
そっとこちらに手を伸ばす。


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「届け、届け。・・・届け」


暗転。


閉幕。


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【上演記録】

カラスミカ企画
24h生配信オンラインフェス シアトロン2 参加作品

「Messenger」
作・演出…ヒナタアコ(カラスミカ企画)

私の言葉は届かなかったから
私はワタシの言葉を贈ります
ルール完全無視の160kmストレート
私の半分にワタシの恋文を

貴方はきっと
ガラス板の向こうで受け取るのでしょう
嘘に酔いしれるには
あまりにも【本当】すぎる場所

StayHomeなんてだいきらい


■出演
杏奈 ( (石榴の花が咲いてる。) )

■日時
<シアトロン2 全体>
9/26(土)15:00~9/27(日)15:00
※24h限定リアルタイム配信。見逃し配信はありません。
<カラスミカ企画>
9/27(日)11:30~

■上演場所
EN・サードプレイズ

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ご覧いただきありがとうございました。

公開がめちゃくちゃ遅れてしまって本当に申し訳ないです…
本当は脚本公開は有料の予定でしたが、約1年遅れて有料ってどうやねん…となってしまったので無料で公開です。
上演時の「幻のアーカイブ」より撮影した写真付きでお送りしました。

今回無料公開するにあたり、作家のカラスミカ企画・ヒナタアコへのお気持ちページを作成させていただきました。
読んで少しでも何か感じるものがあった、贈りたいと思っていただいた方はぜひよろしくお願いいたします。

今後の予定は未定ですが、少しずつ動き出そうと考えています。
気長にお付き合いいただけますと幸いです。

またね。

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