【ほらふき日記】嘘の日記を書いています。「梨の馬鹿めが18年」

僕の人生において、最も驚きを感じた瞬間は、スーパーで買った釜揚げしらすの中に小さなタコが入っていたときです。そんなことが……と思われるかもしれませんが、これは僕が話す最初で最後のホントのコトです。 

テレビで活躍する芸能人の方々は、ホントに!?と思わず疑いたくなってしまうようなエピソードトークを山ほど持ってらっしゃいます。

それに、僕の友人もそうです。ヤンキーに財布をパクられたとか、彼女にGPSで監視されているとか、クレカの請求が溜まって取り立て人が家に来るとか……。

しかし幸か不幸か、僕の人生は何も起こらないまま二十年が経ちました。僕だって「今日ね……」「さっきヤバくてさ……」とその日に起きたことを話してみたいと思っています。

つきましては本日より、もしこんなことが起きたら……という嘘の日記を書ます。

全て嘘にはなりますが、どうかお付き合いいただければと思います。僕の人生にウソみたいなコトが起きるその日まで。

【ほらふき日記1】 〜梨の馬鹿めが18年〜

どうやら僕の父と母には、郵便受けを見るという習慣がないようで、郵便受けには山のようにチラシが溜まっていました。

やはり一番多いのは不動産屋のチラシです。チラシを何枚か見てみると、この辺りでは家賃5万円で、そこそこの物件に住めることが分かり、二十歳になった僕に一人暮らしという夢を見せてくれました。

その次に多いのは、目玉のイラストがデカデカと印刷されたチラシです。これは新興宗教のチラシのようで、「月会費5万円であなたの幸せを保証します」と書かれていました。

一人暮らしか、確約された幸せか、僕が5万円の使い道に悩んでいると、横にいた母が一枚のチラシを摘み上げました。

母「あら、小学校からお手紙きてるじゃないの」
僕「小学校から?」
母「ほら、あなた宛に。矢辺先生、退任されるんですって」
僕「あぁ……もう、そんなに歳だったのか」

矢辺先生というのは、僕が小学6年生のときに担任の先生だった人です。厳しい人でしたが、保護者からは、かなり人気がありました。

そして、「あなたもお世話になったんだから、最後に挨拶ぐらいしてきなさい」という母の言葉に促され、僕は小学校へ向かいました。

8年ぶりに訪れた小学校は、「懐かしい」という気持ちが湧く前に、「これ、こんなに小さかったんだ」の連続でした。校庭のアスレチックも、給食センターに貼られた献立表も、教室に並ぶ机も、全てがあの頃より小さく見えました。

ですが、最も小さくなったと感じたのは矢辺先生でした。それは、今までのとは違って、矢辺先生が本当に小さくなったのだと思います。腰は45度に曲がり、あの頃の威厳は全く感じられませんでした。

僕「矢辺先生、お久しぶりです。僕のこと覚えてますか?」
先生「おぉ、覚えているよ。久しぶりじゃないか」

矢辺先生は「覚えている」と笑顔で言ってくださいましたが、そのときも、それ以降も僕の名前を呼ぶことはありませんでした。

先生「今、いくつになったんだね?」
僕「二十歳になりました。先生に会うのは8年ぶりですね」
先生「そうか、そうか。立派になったもんだ」
僕「ありがとうございます。先生、退任なさるんですか?」
先生「あぁ、そうだ。もう、そう長くはないと言われてしまってね」
僕「……そうですか」

そのあと、矢辺先生は「柿を持って帰ってくれ」と言い、僕を校舎裏へ案内しました。

校舎裏というと、雑草が生い茂っているだけで、ドロケイの隠れ場所に使っていたくらいの思い出しかありませんでした。

しかし実際に行ってみると、今は立派な柿の木が五本も植っていました。

僕「柿の木なんて、ありましたっけ?」
先生「ここ最近だよ。それに、実をつけたのは今年が初めてだ」
僕「食べられるんですか?」
先生「もちろんだ。好きなだけ持って帰ってくれ」

すると、矢辺先生はニッと笑って黄色い歯を覗かせました。

先生のご厚意はありがたかったのですが、僕は果物全般が苦手です。中でも、柿と梨は吐き出してしまうほど。僕は、低いところに成っていた柿を一つだけもぎり取り、ポケットに仕舞いました。

そのあと、僕は礼を告げて帰ろうとしましたが、4本奥の柿の木のそばで、コソコソと穴を掘っている生徒に目が留まりました。よく見ると、隣に住んでいる男の子でした。

僕「彼、何をしているんでしょうか?」
先生「あれは半蔵くんだね。残した給食を埋めているだろう」
僕「注意なさらないんですか?」
先生「注意?」
僕「だって先生、僕が給食を残すと、いつも怒っていたじゃないですか」
先生「そうだったかね? わざわざ校舎裏に来て給食を埋めようとする生徒に怒る気なんて今も昔もないよ」

そして先生は、「桃栗三年柿八年」と呟きました。

柿八年……。
僕はそのとき、ドロケイの隠れ場所以外にも、校舎裏に思い出があったことに気が付きました。

僕は、給食に大嫌いな柿が出ると、校舎裏に来てそれを地中に埋めていたのです。

僕は、5本の柿の木をしばらく眺めていました。
まさか、あのときの柿が……。

……。
8年前には考えもしませんでした。
こっそり埋めている大嫌いな柿が木になるなんて……。そして、あろうことか実をつけて僕の元へ戻ってくるなんて……。

先生はまた黄色い歯を覗かせてニヤニヤと笑っていました。そして僕は悟りました。今、僕は8年前のお残しを怒られているのだと。

先生「桃栗三年柿八年という、ことわざには続きがあるのを知っているかい?」
僕「いえ……」
先生「桃栗三年柿八年、梨の馬鹿めが十八年」
僕「18年、ですか」
先生「そうだ。梨は18年かかる。君はいつも梨も埋めていたね」
僕「……」
先生「まったく……。私もあと10年は生きねばな。君の手に梨を届ける日まで」

別れ際、僕は先生と握手を交わしました。
そのときの先生の手は、昔よりも大きく感じられました。


そんな1日でした。

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