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細切れしてゆく糸たち(東京編)

留学で知り合ったハーフの日本人。
たとえ留学から帰っても一応日本人同士なのだから会えると思っていたが、日本ではない故郷の国で当分過ごすそうだ。

悲しかった。


小中高はそれぞれで出来たグループで過ごしていた。
だから何かグループの調和を乱さない限り繋がりが切れることなんてない。
でも次第に大人になるにつれ、グループなんてなくなる。
皆んな、自分の居心地の良い場所、目標を求めて色んな場所へ散っていく。

中高時代にいじめに関する授業で聞いたことがある、
居場所は学校だけじゃないって言葉。
もちろん中学生、高校生だった私は学校が自分のアイデンティティを証明する場所だった。
おもしろいね、かわいいね、そう他人からの言葉でかろうじて自分が確立しているような気がした。
1日の大半を学校で過ごしていると、居場所なんてそもそも見つけれる暇なんてない。

でも大学生になるにつれ、あの言葉の真が証明された。
居場所の多さに気づいたのだ。
大学の学部、バイト、サークル…
それは自由になれる可能性の多さでもある。
自分がある環境で苦しくなったら、そっと離れることができる。
違う新しい環境に入ってみたいと思えば、周りの顔なんて気にせず飛び込める。
それは幸せなことだ。
でもはっきりと当時みえていた中高時代のようなつながりはいつのまにか見えなくなっている。
個々で生きていくような気がした。
それは東京で強く感じる。
外を歩いてるとたくさんの人間がいる。
確かに物理的には人と出逢ってるから人が物理的にそばにいる。
でも皆んな私の知らない人。

地元である地方はずっとそばにだれかがいた。
そのだれかはなにかしらつながりがある人。
そのつながりの枠から1人で遠い場所で過ごしつづけて寂しさが突き抜けてきた。
こんな感情は今まではっきりと表れなかった。

大学1,2年は新しい環境、しかも日本の首都 東京での暮らしに心躍らせていた。
たしかに上京して一人暮らしをするのは、寂しかった。
帰ってもだれもいない。
おかえりって声が聞こえてこない。

でも少しずつ環境に適応していった。
歩けばすぐあるコンビニにちょっと立ち寄ってみるのも新鮮、
地元では母の付き添いでしか行かなかったスーパーも主体性を持ち、必要な食料を書いたスマホのメモ帳を左手に買い物しにいく。
ありきたりな色使いの服を着てる人がいない。これがオシャレというのか。
街を歩くたびに高層ビルに胸を躍らせ、
目の保養がいるから刺激的。
でもそんな生活にも慣れ、残ったのは心の奥底に隠されていた孤独感という気持ち。
だれかとそばにいたい。
地元に戻ったら、シティーガールとしての地位は失われる。
でも心の安全が大事だから、定期的にローカルガールに戻ろうかな。

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