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親愛なる

君のこと
海だと思ってたよ
どこまでも広く寛大で
いつだって
優しかったから

君の上でたゆたう時
君が海か
君が海らしいね
なんて
なんて
素晴らしいんだと思った

どんな絵も物語も歌も
海は素晴らしいと言う
悪口は言わない
君が海であることが
誇らしかったし

君だけが
海だと信じて
少しも疑わなかった
君は海で 海は君
みんなが君を呼ぶ名は
借り物だとさえ思っていた

それが突然 
何歳の頃だったか
今じゃもう思い出せない
はるか遠く
西の方へ連れて行かれ
あれは海じゃない
これが本物の海だよと諭された
嘘だ
こんなの海じゃない
だって水はしょっぱくて
波は荒くて 
向こう岸がずっと
見えないままじゃないかと
憤った
本物だという海は
我こそがという顔で
優雅に寝そべっていた
腹立たしかった

何より
僕が許せなかったのは
本物らしいそれが
世界ばかりに目を向けて
僕には見向きもしなかったことだ
君よりも遥かに大きいくせに
何一つ見えてない
傲慢なやつだと思った

君が海であると
証明したい
君こそが海であると
反逆する時期は長く続いたが
叶わないまま
そのうち飽きて
君を離れ
君を忘れた

思い出すのは
お前にはあいつしかいないと
揶揄される時だけ
その度に
君との距離は遠くに感じた

何年かぶりだね
君とすれ違うのは
思わず足が止まったよ
君は僕を呼ばなかったのに
僕は
立ち止まらずにはいられなかった
何しろ君が
あの頃とまるで変わらなかったのだから

僕は変わったのに
君はちっとも変わらない 
君のいない場所で
こんなにも変わり果てたことが
僕は恥ずかしい

君を眺め
匂いを嗅ぎ
その冷たさに触れて
深く君を感じる
君を海と信じた日々を
思い出す

久しぶり
僕は間違っていた
忘れていたくせに
何を今さらと君は言うだろう
それでも僕は言いたい
君にちゃんと伝えたいんだ

君は海じゃなかった
君は海じゃないし
海である必要などなかった本当は

君は本当は小さかった
ただこの国で1番大きかったから
目立ってしまっただけだ
実際は海には到底及ばない

それでも君には
海にはできないことができる
君だけに繋げる命がある
君にしか背負えない
他の誰にも渡せないものを
君はひとり背負って
心穏やかに微笑んで

君は海なんかじゃない
海じゃないんだ
僕は君の全部を見た気でいて
君を知った気でいて
何一つ見えていなかったし
知りもしなかった
君に見つめられることに
安心しきっていたんだ

僕は君が渇いても
どうしてあげることもできないし
渇きゆく君を
ここで眺めるだけだ
君はそれでも
何も言わず微笑むだろう

もう一度言う
君は海じゃない
海じゃない

揺らがず
ひとり立つ君には
もう言葉もない
君は君のままでなんて
僕が頼むまでもない
そんなのは
恥知らずだとわかってる
それでも僕はあえて言うよ
君は君のままで
そこにいて 
そこで
君でいて欲しい

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