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【アーユルヴェーディックな暮らしのすゝめ】生活・身体共に循環が大切だということ

こんにちは。Hinakoです。

とてもお久しぶりになってしまいました。
約1か月間更新をストップしていたのにもかかわらず、フォロワーさんが増えたり、「Note見てます」と言ってくださる方が多くとても嬉しく思っています。皆さんいつもありがとうございます。

Noteでは主にアーユルヴェーダについて更新しています。4月はずっと今後リリース予定の3か月集中講座の資料作りをしており、SNSでは全くアーユルヴェーダについてアウトプットしていませんでしたが、私的にはかなりアーユルヴェーダをアウトプットしていた月となりました。(笑)
そんなこんなでこちらの更新がおろそかになっていました。今後はまたペースが戻ればよいなと思っています!

ちなみに先ほどちらりと紹介した3か月集中講座は、おそらくSNSでの告知に至る前に満員になる気がしますので特に宣伝はしませんが、気になる方はHPをご覧ください。まずは公式ラインから今夜告知いたします。

さて、今回は3月から始めているセッションからやはりそうだなあと確信に変わったことがあったのでシェアをします。不調改善を目的とした3Step Sessionを通して、私以外の方も同じように恩恵を受けてくださり、不調の原因と対策方法が確信に変わってきました。このことを知っていれば、毎日快適に過ごすヒントが自分なりにわかってくるのではないでしょうか。

日々の不調は自然の流れから離れることによって現れる

日々の不調。それも病院に行こうと思わないレベルの不調です。病院に行こうと思わないレベルの不調は、「たいしたことない」と思ったり、「この状態が当たり前」と感じている方が多く、セッションに来て初めて正常と違うことに気づく方も多くいらっしゃいました。
この状態は非常に危険で、不調に気付かないことによりいつの間にか大きな病気になるということになりかねません。セッションでそのことに気づけたことが、まずは大きな一歩となります。

一方病院に行こうと思ないけれども感じる不調は、一見大丈夫そうに感じるけれども、若さがカバーしているケースだったり、まだ初期症状だったりします。このことを無視し続けると当然大きな病気になりかねません。通常、私たちの身体は何も不調がない状態であることが正常であり、「身体の軽さ」が常にあることが前提に作られています。しかし、何かのはずみで不調に転ぶと、なかなか元に戻れず、通常の身体の構造を忘れてしまうのですね。これが、自然の流れから離れることを指します。

身体は丈夫なもので、意外と一か所壊れただけでもリカバリーする機能があるので動いてしまいますが、チリが積もれば山となります。小さなチリを排除することは、山になった状態よりも遥かにケアが簡単になるのは想像できると思います。まずはその小さなチリから排除できるような生活習慣に変えることが身体の循環を取り戻す一歩になります。

身体の循環を取り戻す

では、どのように小さなチリを取り除くのか。それはチリを取り除く習慣を取り入れていくことです。
アーユルヴェーダでは特に朝に行う習慣、モーニングルーティンがいくつもあり、毒素であるアーマのお掃除から1日がはじまります。毎日このお掃除をすると、日々溜まる毒素が抜けるのはもちろん、これまで溜まってきた毒素まで掃除出来てくるのですモーニングルーティンについて記載した記事はこちらをご覧ください。

これまでサビた自転車に乗っていたのが、毎日少しづつオイルを指すことで、いつしかサビのない自転車に代わっていた。というようなイメージならしやすいでしょうか。身体も同じことが言えるのです。
そして自転車もそうですが、サビのない状態が正常として設計されていますよね。そのサビのない状態のスペックを当たり前として私たちも自転車に乗ります。そのように、私たちの身体も、元々はサビのない状態(毒素のない状態)が通常だと設計されていて、その状態であれば問題なく日々が暮らせるはずなのです。
この自然な流れから外れることによって、不調として現れてくるのです。

不調はカルマの蓄積

ではどのようにその不調はチリとなるのでしょうか。これは人によって違うため、一概にこれとは言い切れませんが、唯一言い切れることは「カルマによる蓄積」です。カルマという言葉を言い換えると、「その人が日々行っている行動の選択による蓄積」ですね。
少し難しく感じるかもしれませんが、考えてみてください。何かしら不調を感じるときは思い当たる点はないでしょうか?そして、その蓄積だということも、何となくわかっているのではないでしょうか。
不調の原因が生活習慣の人もいれば、感情との付き合い方が難しいことが原因である場合もあります。思考が私たちの行動を決定している為、生活習慣と思考両方が原因になっている人もいるかもしれませんね。自分をないがしろにする癖がついているからこそ、生活習慣も適当になってしまう。というような形です。
アーユルヴェーダはインドの学びですので、このカルマの蓄積については切っても切り離せないと私は考えています。全て自分の行動の結果です。ただ、どうしても環境による作用であったり、自分ではどうにもできないこともあったりします。この場合はどう考えるか。これも実は自分が選んできた選択による結果なのですよね。この状況を体験するために、自分が行った選択の結果なのです。

…とまあこんなことを言い出すとなんだか耳をふさぎたくなってしまいますのでセッションの時はこんなことは言いませんが(笑)この原理を知って生活するのとしないのではかなり違うと思うので、あえて今回は話してみました。

生活・身体共に循環を手に入れると後戻りしたくなくなる

そして、この原理に気づき、少しづつ自分の行動を改めはじめると、面白いくらいに生活も身体も循環がはじまります。自然の流れにそうことって、こういうことかと体感が出来てくると思います。
体感が出来てくると面白いもので、毒素を溜め続けていた生活にはもう後戻りが出来なくなってくるんですね。そして自分にとっての心地よさが何となくわかってきて、さらに質の良い生活の追求が出来るようになります。このような循環が大きくなって、人生の豊かさにまで繋がっていくんですね。

様々な方とセッションを行い、私以外の方の循環が戻っていく過程を見ていると、本当にアーユルヴェーダという智慧は暖かく、深く、そして私たちに許しを与えてくれる叡智だなと改めて感じます。アーユルヴェーダに委ねた人に対しては、人を選ばないのです。誰でも平等に、何かしらの恩恵を与えてくれるのです。

ここまで読んでくださった方も、改めて自分の今の状態は循環が出来ているか、自然の流れに沿っているか振り返ってみてください。もしそうでない場合は、アーユルヴェーダに委ねてみてくださいね。

それでは今日はこの辺で。
ここまで読んでくださりありがとうございました。

Om

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