『みかん』

作:やまこしひなこ

 ト 舞台の真ん中にはコタツが置いてある
   その上にはカゴに山盛りのみかんと、鏡餅が置いてある。
   それを囲んで話す女性二人。年が明けるまであと十五分。

あかり:あっ、何でチャンネル変えたのよお!
さやか:え、年越しはそりゃ、除夜の鐘に決まってるじゃない!
あかり:はあ?ジャニーズカウントダウンでしょ?光一くんの誕生日お祝いしようよ〜
さやか:あっほら始まるよ。

 ト 除夜の鐘が響く

あかり:うちの近所のも聞こえるんじゃない?
さやか:本当だ。近くにお寺あるんだ?
あかり:ん〜、そんなに近くないんだけどね。冬だからかな。
さやか:大晦日って、特別静かな気がするよね。
あかり:どうしてだろうね。

 ト 沈黙が訪れる
   たまらなくなったさやか、みかんに手を伸ばす

あかり:ちょっとあんた、何個目よそれ!
さやか:え・・・っと・・・わかんないや、みかんむくの苦手だから。
あかり:ほんとだ・・・・300個くらい食べたみたいになってるよ。
さやか:こうやって、除夜の鐘を聞きながら、みかんの皮を108個に分けてむいて、煩悩を・・・
あかり:何いってるのよ。
さやか:・・・・・・
あかり:でも、なんか、わかるかも
さやか:何が?
あかり:むいてる時、無心になるよね。
さやか:みかんのことしか考えてないよね。
あかり:蟹?
さやか:蟹?
あかり:蟹みたいだよね。
さやか:ああ、そうね。(笑)
あかり:みかん、好きだなあ。
さやか:私は、この白いところをむく時が人生で一番無心かも。
あかり:うわっ、むく派?
さやか:むかないの?
あかり:あたしたちことごとくあわないわねえ。
さやか:だって!口の中森みたいにならない?
あかり:それはさすがにわかんないけど・・・・
さやか:ええ・・・

 ト 除夜の鐘

あかり:来年はいい男か女に巡り会えますように!
さやか:あのねえ、お願い事する行事じゃないのよこれ。
あかり:いいじゃない、うちキリスト教だから関係ないし。
さやか:じゃあむしろ気にしなさいよ。
あかり:日本で生まれたからねえ。
さやか:日本とか関係ある?
あかり:あるよ。その時その時に、いいと思ったものには何にでもすがりつく感じ?いかにも日本人じゃない?
さやか:確かに、あかりそういうところあるかも。
あかり:でしょ?
さやか:だからあんな男にも引っかかったんだ。
あかり:それはまた違う話でしょうが。
さやか:あら、そうかしらねえ?
あかり:関係ないですう。
さやか:未練タラタラなのね。
あかり:なんで。
さやか:歯ブラシくらい捨てなよ。
あかり:だってなんか・・・・
さやか:だってはナシ!
あかり:大晦日なんだから優しくしてよ〜
さやか:それこそ関係ないでしょ!
あかり:だって!
さやか:だってはナシ!
あかり:ですから!
さやか:なんでしょうか?
あかり:・・あのーさ、さやか、みかんばっかり食べるんだもん。
さやか:は?いいじゃない。ニホンジンなんだから。
あかり:あいつが、よく食べてたんだよ、ここで、それを。
さやか:タクヤが、ここで、みかんを、よく食べてたんだ。
あかり:みなまで言わなくてよろしい・・・・・。
さやか:何の話がしたんだい?
あかり:・・・・あいつね、よく言ってたの。「俺ね、エルマーの冒険でエルマーが島で見つけたみかんは、こういうみかんだと思ってたんだけど、多分オレンジってやつだな。」って。
さやか:ああ、確かに。
あかり:あいつね、「日本を出たからわかったんだ」とか得意になっていうんだよ。
さやか:うん。
あかり:でもね、私が日本を出てわかったことはね、どれだけ大晦日の日に笑ってみかん食べながらダラダラテレビ見られるのが幸せかってこと。みかんがオレンジだったという発見よりも、みかんがみかんであることをありがたいと思うようになったの。多分、そういうところが合わなかったんだと思う。
さやか:・・・あたしはあかりのそういうところが好きだよ。
あかり:そうかい・・・ありがとう・・・・・。

 ト 沈黙。みかんを食べる
あかり:ねえさやか、これ(みかん)何色?
さやか:えっ・・・・お、オレンジ?
あかり:じゃあこれは?

 ト 鏡餅の上のダイダイを持って

さやか:・・・・オレンジ色?
あかり:じゃあ・・・銀座線は何色?
さやか:あれは・・・・黄色かな?
あかり:私はオレンジだと思うな。
さやか:あれは黄色でしょ?
あかり:あいつはねえ、これのことを「みかん色」っていうの
さやか:ずるくない?そんなの
あかり:どうして?
さやか:だって、そんなこと言ったらこれは橙色だし、銀座線は・・・銀座線色って言ったらいいじゃん・・・。
あかり:世の中ってそういうものばっかりに溢れてると思わない?
さやか:どういうこと?
あかり:あたしはみかん色だと思っても、世の中の多くの人がオレンジ色だって言って、まとめちゃうの。あたしはね、あたしにとってはみかん色なのに。
さやか:でもさ、オレンジ色だと思ってるみかんもいるかもしれないよ?
あかり:どういうこと?
さやか:あたしがみかんの声を聞けるとして、
あかり:う、うん。
さやか:このみかんは「僕はオレンジ色だと思う!」って言ってるのよ。
あかり:ああ、みかん側がね?
さやか:それも社会だと思わない?
あかり:こっちが勝手にお前のアイデンティティーはこれなんだろって決めてかかる感じね?
さやか。そうそう。あんたもよく余計なお世話されるじゃない。
あかり:ほんとだよね。バイだからってお前ら全員のこと好きになるわけじゃねえからよお。
さやか:そういうこと。だからみかん色っていうのも過剰な配慮なんじゃないかな。
あかり:そうかあ・・・・・・。
さやか:まあそんなこと考えてコレのこと「みかん色」って呼んでたあんたもタクヤくんも十分素敵だと思うけどね。
あかり:今更元カレのこと褒められても嬉しくないけど、ありがとう。
さやか:いえいえ、とんでもございません。
あかり:だとしたらさ
さやか:うん
あかり:「橙色」って、いい色の名前だね。
さやか:日本っぽいよね。
あかり:オレンジと同じ感覚で名前つけたんだろうけど、日本の色って感じがするよね。
さやか:じゃあ、藤色とか?
あかり:群青色、とかも素敵だよね。
さやか:青が群れる色かあ。よく言ったものだねえ。
あかり:銀座線色って色がなくてよかったよ。
さやか:あれは黄色だと思うけどね。
あかり:あれはオレンジだって。
さやか:この話の流れでオレンジはないでしょ。
あかり:じゃあ・・・・・
ふたり:銀座線色か!
あかり:あっははははだっせえ〜〜〜!

 ト さやか、スマホを真剣な顔で眺める

さやか:・・・・待って、オレンジだわこれ・・・
あかり:あっほらあとちょっとで来年だよ!
さやか:あっほんとだマツジュン!ってなんでチャンネル変えてんのよ!
あかり:なになに・・・・銀座線オレンジ・・・・・・
さやか:これは通称だと思うけどね。
あかり:銀座線オレンジ黄色論争に終止符が打たれちゃったじゃん!
さやか:いや、でもこれがオレンジか黄色かは見る人が決めればいいんだよ。名前がオレンジってだけで。
あかり:それに通称か、これ。
さやか:そうそう。もしあたしがこの「銀座線オレンジくん」の声が聞けたとして、
あかり:またそれか
さやか:多分こいつは、えーと、#f39700って呼ばれたいだろうね。
あかり:そうかあ。そういうもんかあ。
さやか:でも、銀座線色っていうのはあながち間違いじゃなかったんだね・・・。
あかり:びっくりだよ、ダサいとか言ってた自分を殴りたいよ早く年明けないかな。
さやか:もうすぐ明けるよ。
あかり:ほんとだ。
さやか:今年一番の学びだわ。
あかり:合コンのネタが一個増えたくらいだよ。
さやか:あら、前向きなのねえ。
あかり:彼氏と引き換えに得た知識が銀座線オレンジか〜!
さやか:あかりらしくていいんじゃない?
あかり:銀座線が高いのか、タクヤが安いのか。
さやか:もうかわいそうになってきたから、いいよ、カウントダウンにしな。
あかり:やったー!ありがと!来年もよろしくね!
さやか:おめでたいやつだなあ・・・・。

 ト 遠くで除夜の鐘がなる

参考文献 メトロカラー 

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