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「よい年の取り方」ってナンダロウ

あけましておめでとうございます!

我が家の今年の年賀状はこんな感じです。

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送ったのが30日なのでまだ全然どこにも届いてないと思いますが(笑)

初めて私のnoteを読む方のために一応説明しておくと、私はイラストレーターをしており、昨年はイラスト以外に本文や漫画を担当した本を出版したのでした。ちなみに本を出したのはこれで3冊目です。


2020年、どんな年?


2020年はほとんどの人にとって過酷な1年だったのではないでしょうか。
我が家にとってもご多分に漏れず。

そもそも先の見通しなど立たないのがフリーランスではありますが、それまでは霧に囲まれながらもうっすらと見えていたものがまるで見えなくなったのがこの567禍でした。

振り返れば昨年より明らかに仕事は減っているのですが、夏の間中休みなく仕事していました。ずうっと本の原稿にかかりきりになっていたのです。
2ヶ月くらい、いつ眠っていたのかわからないような日々を送りました。

そう聞くとすごく大変に聞こえますよね。実際大変でした、体力的には。

けれど精神的には、先行きが見えない中で、出版というゴールに向かってひたすら書けばいいという数ヶ月はむしろ楽ですらありました。

文章の仕事を本格的にやっていきたいと考えている私にとって、文章を丸々一冊書いた本を出せたことは、前の記事に書いたようにまさに「ターニングポイント」と言える出来事。

567禍で先は見えないし大変なことは変わりはありませんが、昨年一年を振り返ってみれば、私は幸せな一年を過ごした方だったと思います。


2021年は、どんな年にしたい?


2020年はターニングポイントでしたが、その方向を決定づけるのが今年。

そういった意味ではとても重要な一年になると思います。

それにしても面白いのは、この先文章を本格的にやって行こう!と思った途端、絵を描くのが楽しくて楽しくて。

需要があるかどうかなんて考えず、人の評価を気にせず好きに描く絵は本当に楽しい。もう一度アマチュアに戻りたいくらい(ウソだけど)。

そういえば昔体育の成績が悪くて(私は跳び箱3段が飛べず、逆上がりもでんぐり返しもできない)、運動が大嫌いって思っていました。でも大人になってジムに通ったら、体を動かすのが楽しくて。ただ評価されるのが嫌なだけだったんだ、と気づいたことを思い出しました。

でもプロとして仕事をしていくためには、評価からは逃れられません。

かといって、評価ばかりを気にして、小さく縮こまって、つまらないものしか作れなくなったら本末転倒です。

絵にしろ文にしろ、自由にのびのびと自分らしい作品を作って、それが世の中に受け入れられるようであるといいな。


2021年からさらにその先は?


567禍でますます感じたのは、自分は「若くはないな」ということ。
特に60代になったらいつ死んでもおかしくないと思って活動した方がいい、と思うようになりました。

60までは、さすがにまだ少し時間がありますが、それでも時間は有限です。

60、70になったときに「いい年の取り方してるね」って言われるようでありたい。最近はつくづくそう思うようになりました。

正直、今は年齢より若く見られますが、この先は若く見られたとしても、せいぜい「おばあさんの年齢だけどおばさんにしか見えない」という程度で、「お嬢さん」に見られることはないでしょう。

実際、もう若く見られたい訳でも、可愛く見られたい訳でもありません。
できれば賢いと思われたいけど、無理をしてまでとは思えない。

じゃあ自分はどう見られたいんだろうか、と考えた時に
「味のある人」
だと思ってもらえたら、うれしいな、と思うのです。

「話をするほど、深みのある人」
だと思われたい。

見た目はキレイだし、会話力はそこそこあっても、深いところまでよくよく話してみたら「薄っぺら」だったってのは、大人として悲しいですよね。

どんな人も何十年と年を重ねて来る間には、それなりに意味があるのだと思います。若さやフレッシュさや爽やかさでは、若い人には絶対にかなわないんだから、それなら、そことは違うところで勝負しないと、ね。

それが私の考える「いい年の取り方」
まだまだ全然、できてないけど!


9月に発売になった新刊です。どうぞよろしくお願いします!!


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