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さくらさく〜上京の思い出〜

ことしは桜の開花が早かった。
雪も何度か降ったし、暖冬ではなかったと思う。でも2月半ばあたりから、ずいぶん暖かい日が多かった。
19年ぶりに、開花日の記録が塗り替えられたのだそうだ。

19年前。
その時のことを、おぼえている。
わたしが大学に進学した年だ。
咲いていた桜の記憶はない。
4月1日の入学式には、東京の桜は完全に散っていて、花びらの影もなく、新緑の葉が茂るばかりだった。

田舎から東京の大学に進み、わたしは学生寮に入ることになった。大学に顔見知りはひとりもいない。
望んで決めた進学だったし、実家を出たいと懇願して、渋る親を説得したのもわたしだ。
でも土地勘もなく、知人もいない環境で、入寮と入学式に付き添ってくれた母と別れる時にはさすがに少し心細くなった。

その日、寮に戻ってから高校時代の友人にメールを打った。
その友人は近隣の農業系大学に進むことが決まっており、数日後に引っ越してくる予定になっていた。
当時のわたしには、彼女が近くに来るということが心の支えだったように思う。
わたしが送ったメールの内容は、入学式を終えたよとか、そんなことだったと思う。
友人からは、すぐに返信があった。
そこにはこう書かれていた。


「じつは、ファームステイすることになったよ。だから東京には行かずに、来週からニュージーランドに行きます」


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ニュージーランド……????

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近くに来てくれると思っていた友人からの突然の報告に、わたしはパニックになった。
よくわからないけど、農業系の大学なのだからファームステイというものはありそうだ。
泥だらけになって、羊の毛でも刈るのだろうか。
南半球は遠いな。
遊べると思ってたのに、会えなくなるの、寂しいな。
東京に来ないということは、入学式にも出ないということか。

………ん?
ちょっと待って、そんなこと、ある???

そこでわたしは思い出した。
その日は4月1日。

エイプリルフール!!!


「や、やられたーーーーーー」
寮の部屋、買ったばかりのニトリの布団に、わたしはひっくり返った。
「そんな簡単にひっかかると思わなかった〜」
とメールしてきた友人が恨めしい。

数日後、予定通りに彼女は引越してきた。
浅草に雷門を見に行って人力車に乗ったり、上野動物園でパンダを見物したり、一緒に「上京」を楽しんだ。
18歳。楽しかったな。
それから19年経ったということは、あの当時の年齢の2倍以上生きてきたということなんだな。ひええ。



東京に出たくて仕方なかった少女は、東京で夢を掴むということはなく、結局4年後に田舎で就職したけど。
どういうわけか縁あって、19年後には愛知県で桜の木を見上げてる。
友人は結局ファームステイには行かず、ふたりの女の子のお母さんになっている。
今では年賀状のやりとりくらいのお付き合いになったけれど、大切な友人であることには変わりはない。

桜の花が咲くのは早かったり遅かったりするけれど、あたたかい日差しの中、青い空の下でもこもこと花開くことには変わりはない。ずっと。

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