池上秀畝展@練馬区立美術館(+護国寺散歩)
北風の寒すぎる3月下旬とは思えぬ天気の中、練馬まで行ってきました。
お目当てはもちろん美術館。東京でも面白い展覧会を企画する、練馬区立美術館を訪れました。
実は練馬は本当に初めての私。
高校の卒業旅行が豊島園だった(私は浪人したのでお断りしました笑)のですが、豊島園は豊島区ですよねー。
練馬は西武池袋線でその先なんです。
中村橋という、私の地元によく似た雰囲気を持つ駅で下車。
神奈川からだとちょい不便。
西武池袋の駅で半分迷子になっていました。
標識を発見!美術館まで意外とすぐです。
そして何やら雰囲気のあるお堂も発見!
とりあえずお参りしましょう。
庚申さまでしょうかね。
おお、馬頭観音様でした。
灯籠に文化年間、江戸後期と書かれているので、観音様も同じくらいの古さでしょうかね。
実に状態の良い街角の守り仏です。
美術館に到着です。
今回の展覧会は、近代の日本画家、池上秀畝(しゅうほ)特集です。
秀畝は明治7年、信州高遠(伊那市)の生まれ。
高校卒業後に上京して、南画の大家・谷文晁の系譜に連なる荒木寛畝に入門します。
同時期には同じ信州は飯田の生まれの菱田春草がいます。ただ彼は東京に新しくできた美術学校(芸大の前身)に入学し、アカデミックな教育を受けます。
古風な教育を受け、師から一文字を頂いた秀畝、そして横山大観や下村観山、速水御舟らとともに新しい「日本画」を創り上げ夭逝した春草。二人は対照的ですが、同じ信州の生まれの者としてリスペクトし合っていたようです。
今では春草や大観ら、新派の画家たちが日本美術史を切り開いた人々として捉えられ、秀畝のようなより保守的な画家は忘れられがちです。
しかし全くの保守だったわけではなく、秀畝は師の寛畝から受け継いだ写生精神(文晁ら江戸南画に共通します)を受け継ぎ、そこに西洋的な解剖学の知識も導入しました。
郷土を愛する秀畝は、信州出身の志士・佐久間象山の肖像画を描いたり、高遠の洋風建築、高遠閣の設計に携わったりしてもいます。
様々な栄誉に浴した秀畝は70歳でその生涯を閉じました。
今回の美術館は写真OKが一箇所もないので、買った図録からちょっとご紹介。
表紙を見てお分かりのように、秀畝はけっこう極彩色がお好きです。
目黒の雅叙園の天井絵も担当したみたいで、その一部が今回展示されていました。
《歳寒三友》の図です。大正15年、関東大震災のすぐ後の作品。
三友とは、松竹梅のこと。ここでは椿を梅の代わりに用います。
この通り、秀畝は花木を描くのが大変うまいです、
鳥を描くのに一番長けていたので、花鳥図がかなり作品の多くを占めます。
花鳥図は南画や南蘋派(江戸時代長崎からやってきた新潮流)の得意技ですね。
一方、横山大観や菱田春草は人物画や風景画も手掛けており、オールラウンダーという感じがします。
得意な画題で生きる、そういうスタイルは如何にも江戸時代っぽい職人感がありますね。
秀畝の代表作、杉戸絵の《桃に青鸞、松に白鷹図》です。
杉戸絵とは障壁画の一種で、木目が強く出る杉に絵を描くものです。
あまり見かけることはありませんが、昔の貴人の住居でふと出会ったりもします。
俵屋宗達が京都の養源院に描いた象の絵はとりわけ有名です。
秀畝の絵は本当に古風すぎて近代的な要素が見つけにくいですね。
ただ写生を得意としていた秀畝なので、鳥たちの描写は細部まで細やかです。
美しく出た杉の木目や極彩色の孔雀が高貴なイメージを抱かせる、まさしく秀畝の代表作ではないでしょうか。
紙本の写生帳です。
あまりに線が確実すぎて版画のように見えますね。
朝顔は微妙な色のニュアンスがよく出ています。
花菖蒲は斑入りの細やかな感じをあますことなく描けてます。
こちらはモノクロの世界、《岐蘇川画巻》です。
絵としてはリアルに実景を描く真景図のスタイル。
非常に丁寧に、古風な画法を用いて描かれています。
それだけに突然現れる吊り橋にはドキッとさせられますね。
この作品は今回未出展でしたが、とっても気になったので。
非常にビビッドな山水画であり、古臭さよりも瑞々しさを覚えます。
斧劈皴(ふへきしゅん)という、斧で割ったように墨で大胆に岩を描く手法などが用いられています。
こういう所は古風なのですが、雲の描き方や後景の色合いは人に倣った感じではなく、斬新さがあります。
今回紹介できるのはここまで。
あとは是非練馬区立美術館までお時間あれば足を運ばれてください。
池上秀畝は花鳥の画家。旧派旧派と謗られますが、実は面白い!そんな画家でした。
西武池袋線から池袋で有楽町線に乗り換え、護国寺駅へ。
ここには真言宗の護国寺という、東京を代表する名刹があります。
池袋まで行くと必ずこのお寺には寄ります。
東京では九品仏と並んで私のお気に入りのお寺であります。
護国寺の本堂です。元禄年間建立の重要文化財になっています。
東京ではこれほど大きな木造建築はおそらくこの護国寺本堂以外にはないでしょう。
今日は強風で、五色旗がめっちゃ揺れています。
弘法大師をお祀りする大師堂。
この辺は紫陽花の頃に行くときれいです。
いつもなら猫がいるはず(これが目的笑)なのですが、今日は寒すぎて皆どこかに退避中。
護国寺本堂の軒下です。
本尊は絶対秘仏の如意輪観音様。
心にそのお姿を浮かべてお詣りしました。
本堂は江戸時代の江戸の建物。
ですから棟梁たちの腕前を今もこうして見られます。
決して派手な装飾があるわけではありませんが、整然とした建築であり、それが密教の雰囲気づくりに役立っているかなという気がします。
立派な五輪塔。
松平家何某と書かれていたので、徳川家ゆかりの方が葬られているのでしょう。
本堂の組み木です。
主張しないシンプルなものながら、確かさが感じられます。
懸魚(げぎょ)です。
防火のためのお守りとも言われます。
銅板葺になっていますが、懸魚は中まで銅製なのでしょうか(もしそうだったら地震で落ちてしまうか…)。
猫・イター!
黒猫ちゃんですね。
ああ、こうやって強風を凌ぐために軒下にいるわけですな。
今日見つかったのはたったの二匹。また出直しですわ。
本堂を横から。
以前は金網をしていましたが、猫に簡単に通り抜けられるからやめたのかな?
月光殿と多宝塔です。
月光殿は滋賀から移築した重要文化財で、右の建物のおくにあります。
多宝塔は石山寺の多宝塔をモデルに近代に建てられたもの。
椿の時期。
これはベーシックな藪椿です。
立派な銅製の阿弥陀様。
口元がちょっとにこやかなのがステキ。
かえでは新芽と実が出てきました。
春ですなぁ。
この淡い萌葱色が本当に好き。
鐘楼です。江戸時代のもの。
スカート部分が石造りなのはかなりレアだそう。
最後に茶室です。
護国寺は有名な話ですが、茶道の聖地。
茶人の高橋箒庵(そうあん)がここに茶室等を寄進し、茶の道場としたのが始まりです。
今は大師会という茶会が定期的に開かれています。まあ、ここは大徳寺の東京版ですな。
護国寺の写真、長くなりましたがこの辺で。
本日もご覧いただきありがとうございました。
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