生きるための判断
例えばビーチに立つ一枚の看板。
「ライフセーバー不在の為、遊泳禁止」
危ないから泳がないでくださいっていうことを伝えているのだと思う。すごく親切だと思う反面とてもお節介とも思う。危ないかどうかは海に入る人のスキルで大きく変わるし、大人から子供までおなじとも思えない。それでも「禁止」と書かれれば、誰が泳いでも違反になってしまう。
いちいち気にしなければ何の不自由もないけど、日本にはこういう決め事が沢山ある。安全第一と言えばそれまでだけど、そのルールが或る人の権利を奪ってしまう事はあまり深く考えない。安全は全てに優先されるとばかり、自由な選択肢が大勢の最大公約数になってしまっても大人しく受け入れる。
「ライフセーバーが不在です」
伝える情報はこれだけでいい。そこからリスクを読み取って、泳ぐ泳がないを決めるのは個々の判断であるべきと思う。でもたぶん今の日本では、それで泳いだ人が溺れても管理責任を問われてしまうのだろう。
管理するほうもされる方も、許可と禁止で線を引かれたほうが楽なんだと思う。情報を与えても処理ができず、結局どうすればいいのかと問う人が多い。COVID-19の話を持ち出すまでもなく社会は情報より指示を欲しているような気がしている。
「ライフセーバーが不在です」
この一言で、判断できない人が多くなったなら。それは生きる力の劣化だと思うけどね。
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