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母の日は白いカーネーションを(創作童話)

五月になると、クラスの女の子たちは
母の日のプレゼントのことで盛り上がります。

「ねえ、母の日のプレゼント決めた?」
去年までは、その話の輪に入れなかったみゆきですが、
今年は自分から話しかけます。
一年生になった時、新しいママができたから。


みゆきにとって、初めての母の日がやってきました。
お昼ご飯のあと、ママに内緒で、表通りの花屋さんに向かいました。
一人で買い物に行くのは、初めてでした。
ドキドキしながら花屋さんの前で立ち止まっていると、
子供だけでなく、お姉さんやおばさんたちが
次々と店に吸い込まれるように入って行きます。
そして、ニコニコしながら
花束や鉢植えのカーネーションを大事そうに
抱えて出てきます。

みゆきは店の前で大きく息を吸い、
思いきって中に入って行きました。
「いらっしゃいませー。カーネーションですか? 
どんな色がいいかなー? 
今年は珍しい色がたくさんあるから、ゆっくり選んでね」
若い店員さんが、優しく説明してくれました。
そう言われて、店の中をみまわすと、
バラやカスミソウもありましたが、
ほとんどカーネーションでした。
色もみゆきが知っている赤やピンク、白のほかに
水色とかオレンジとか表現できないような色もありました。
しかしみゆきは、珍しいカーネーションに迷うことなく、
「あのカーネーションを一本下さい」
と、一番奥の花を指さしました。
「えっ、こちらですかー? あ、はいわかりました。
少々お待ち下さいねー」
待っている間、ママがどんな顔をするかと想像すると、
自然と口元がゆるんで、こそばゆくなりました。


家の角まで帰ってくると、ママが駆け寄ってきました。
「みゆきちゃん、どこにいっていたの」
 ママは少し怒ったような顔でした。
「えっと、これ母の日のプレゼント・・・」
本当は
「ママになってくれてありがとう」というつもりでした。
でも、ママの勢いに負けて、先に花を差し出してしまいました。
「まあ私に? 有り難う。これを買いに行ってくれたの? 
そうだったの。事故にあわなくて良かったわ」
 ママは眉を八の字にして、今にも泣きそうでした。

花はガラスの一輪さしに移され、台所のテーブルに置かれました。

その日の夕方のことです。
「あら、ここのカーネーション、どこにいったのかしら?」
ママがキョロキョロしています。
「それなら、あっちに持って行ったわよ」
居間からおばあちゃんが言いました。
「え? どこにですか?」
「お仏壇よ」
「お仏壇? なぜですか~?」
ママの声が裏返っています。
「みゆきが買って来たんじゃなかったの?」
「そうですけど・・・」
 ママはきょとんとしています。
「白いカーネーションは、亡くなったお母さんに
プレゼントするものでしょ?」
眼鏡をずらして言いました。
「そんなこと、初めてききましたわ・・・」
そう言うと、ママはパタパタとスリッパの音をさせて、
台所を出て行きました。
みゆきはふたりの様子から、何かいけないことをしのかと、
不安になりました。

珍しく静かな夕食が終わって、居間でテレビを見ていると、
「みゆき、たまにはパパと一緒に、お風呂にはいらないかい」
と、声をかけられました。
ママの方をチラっと見ましたが、
まだかたずけが終わりそうにありません。
「うん、いいよ・・・」
仕方なく、パパの後について行きました。

「今日はみゆきにとって、初めての母の日だったね。
母の日の感想はどうだった?」
パパが自分の髪を洗いながら言いました。
「内緒で行ったから、ママを心配させちゃった。
パパ、白い花はだめだったの?」
みゆきは、小さな声で聞きました。
「う~ん、母の日だから特別いろんな色のカーネーションが
あっただろう?」
「ごめんなさい。でも、初めての母の日のプレゼントは、
絶対白いカーネーションにしようって、決めていたから・・・」
「どうして?」
 パパの頭を洗う手が止りました。
「ママが初めてうちに来たとき、白のワンピーだったでしょ。
ユリの妖精みたいにすごくきれいだった。
このお姉さんが、ママになってくれたらいいなって思ったの。
結婚式のドレスも真っ白で白雪姫みたいだったでしょ。
みゆき、白い服を着ているママが、一番好きだから」
「そ、そうだったのか。ママは本当に白がよく似合うよなあ。
パパも白いワンピースを着ているママが大好きだ」
パパは泡だらけの頭を乱暴にかきまわして、
泡を周りに飛び散らかしました。
みゆきの体にも、泡がいくつも飛んできました。
みゆきは、飛び散った泡を流しながら、
母の日はこれからも白いカーネーションを贈ろうと思いました。


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