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言葉と意味〜野矢茂樹『言語哲学がはじまる』を読んで

また新しい年を迎えた。日本も波乱の幕開けとなっているが、皆さんはどんなスタートを迎えられているだろうか。自分はというと昨年末から鬱病を患って読書もなかなかままならない状態になってしまったのだが、家族の協力を得て大分症状も改善してきたので最近はゆっくり本を読めるようになってきた(自分の鬱の体験はまたいつか言葉にしてこちらで書いてみたいと思っている。まぁさすがに今は無理だが)。
そこで読んでいたのが岩波新書の野矢茂樹『言語哲学がはじまる』である。
内容としてはフレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインの言語哲学についてと野矢さんとの対話という感じである。では、早速僕なりに本の内容について書いていってみたい。

フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインといえば哲学の「言語論的転回」(言葉がそれを発する人の思考として世界の写し絵であるとしてその言葉のあり方分析するような哲学)の立役者、言葉と世界の結び付きとしての意味について高い関心をもった哲学者の代表である。
フレーゲは言葉の意味をそれが指示する指示対象とそれがいかように定められているかという意義という二つの側面から考えた。それは意味の外延と内包という言い方と対応している。指示対象があるだけで意味が立ち上がってくる訳でもないので、意味にはそうである理由としての意義がある、という二本立てである。
一方でラッセルは意義の側面無しで指示対象のみで意味を説明しようとした。「これは○○である」という指示対象の背後にそれらがそう指示されるべき理由としての意義があるわけではなく、ただそれの性質や世界との関係として意味があるだけなんだ、という訳である。
そしてウィトゲンシュタイン(ここでは『論考』の前期ウィトゲンシュタイン)はというと、論理形式にのっとったものだけを意味だとし、その意味の可能性の全体を論理空間と規定し、意味あるものと無意味なものを峻別し、無意味で語り得ぬものに対しては「沈黙しなければならない」と言った。

さて、ここで示されるような言語哲学においては、言葉というものを世界を映す鏡のようなものと考えられている。ウィトゲンシュタインはまさに「像」という言葉を使う。言葉について考えることが、世界の謎、あるいは世界のあり方を解明することにつながっているのだ。
果たして言葉が世界のすべてを表現しうるものであるのかどうかは分からないが、僕たちの世界理解は間違いなく言葉に負うところが大きい。今目の前に存在しているものが何なのか、その答えすら僕たちは言葉を使って答える(勿論問自体が言葉であるということでもあるのだが)。
そしてフレーゲは僕たちの世界理解の仕方としての意義に着目し、ラッセルは指示対象の存在の有無に関わらずその記述によって意味を確定しうるような理論を組み立てようとし、ウィトゲンシュタインは意味の総体としての論理空間を構想した。
言葉の意味は僕たちの世界と深くつながっている。

しかし、論理空間から排除された語り得ぬものたちが世界で重要な役割をもつことはめずらしいことではない。言葉がたまに世界を飛び越えて別の意味を見せてくることもある。初めは無意味だと思われていた言葉が、次第に意味を持ち始めることだってある。
しかし、フレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインたちの言語論的転回の言語哲学は、このような変化をうまく描き出すことができないように思われる。彼らのイメージする世界は、確固とした言葉と意味との関係性に支えられたもののようだ。逆に言えば、そのように世界を構想しようとしたとも言える。
彼らの世界は写真(静止画)である。良くてコマ送りの映画である。
僕たちが片手に簡単に動画撮影が可能な機器を持ち歩く時代を生きていることなど、想像することすらできなかったに違いない。
そんな時代を生きる僕たちは言葉と意味の関係も静的なものではなく動的なものと捉えている。言葉も変化し、意味も変化し、新しい言葉が次々と生まれ、無意味に思われていた言葉が突然意味を持って現れたりすることが決して不思議ではない。しかもネットワーク上では、言葉が言葉だけで生まれたり変化したり意味を変えたりしていくようなことも起こっているような気さえする。

彼らが主導した言語論的転回は、言葉と意味、そして世界との強い関わりを僕たちに教えてくれた。それを受け取った僕たちは、言葉というものが否応なく自分の手に持つスマホの中でリアルタイムに変化していく時代を生きている。僕たちは、フレーゲやラッセル、ウィトゲンシュタインの哲学を引き継ぎながら、生成変化する言葉の動的な意味を考えなければならない。
野矢茂樹のこの本は、ウィトゲンシュタインの手稿(『ラスト・ライティングス』)の一説のこの引用で締められている。

「言葉はただ生の流れの中でのみ意味をもつ。」

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