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【小説】悪の組織と姉妹と私Ⅲ(急)

 異世界転生モノ。そう呼ばれる物語のジャンルがある。
 死んだ人間が、ファンタジー感溢れる異世界に、記憶を保持したまま転生するお話だ。チートスキルと呼ばれるような、他者より優れた力を持って生まれることも多い。

 ――かくいう自分もそのたぐいだと気付いたのは、この世界に来て一週間が経ったころだ。

 鏡を使って、ヴィーとランに私自身の全身を見せてもらったとき。
 その人とはあまりにかけ離れた姿に強烈な違和感を感じ、そして、前世を思い出したのだ。
 ファンタジックな世界ではないが、科学技術が高度に発展していて、見たことも聞いたこともない道具や機械があって。
 「高度に発達した科学は、魔法と変わらない」という言葉を実感できる世界だった。
 ト〇タなどが時折発表していた「空飛ぶ車」も、この世界ではとうの昔に実用化しているらしい。
 リニアモーターカーが横断・縦断していない大陸はなく、ガンのような、現代日本を悩ませていた病の多くは特効薬がある。かつての結核や天然痘のような「過去の病」らしい。
 チートスキルも万全だ。私の肉体は現在進行形で、博士によって「世界最高の戦闘兵器」となるべく研究・開発が進められている。
 ある意味「異世界転生モノ」と呼ばれるすべてがそろっているわけだが、困ったのはその博士の目的だ。

「よしよし……ダーク・ワンよ、お前はヒーローたちを滅ぼす最高の悪の総帥になるんじゃぞ」

 博士はいつも、口癖のように私にそう言った。
 私を開発している悪の博士と学会で双璧をなした、正義の博士が開発したロボット『ジャスティス・ゼロ』の研究データを元に研究・開発されたロボット。それが私なのだそうだ。

 博士も、そしてヴィーとランをはじめとした怪人たちも。私が目覚め、悪の総帥として、にっくき正義のヒーローたちを倒す日を待っている。
 しかし、これまでずっと現代日本で生きてきた私には、世界を滅ぼすモチベーションが全くない。巨悪を成す気など起きない。元々は、ごく普通の高校生だったのだ。
 この周囲の期待と内心のギャップのせいで、記憶が戻ってからずっと、私は悶々とした日々を過ごしていた。



「じゃあねダーク。さよなら」
 その日、珍しく出発前にランが研究室に立ち寄ってくれた。 
 近頃、ヴィーやラン、怪人たちが怪我をして帰ってくることが増えた。中には、二度と姿を見せない者もちらほらいる。
 どうやら最近現れた新しいヒーローのせいらしい。まだまだ未熟なところもあるが、そのヒーローとしてのポテンシャルは過去最高で、こちらの攻撃はロクにダメージを与えられないのに、相手の一撃はこちらの致命傷足りえるらしい。
 手違いや偶然から、最新ヒーローベルトを手に入れた若い青年だと聞いていた。
 正義のロボット「ジャスティス・ゼロ」だけでも苦しいのに、若き天才変身ヒーローまで登場してしまった。
 正義陣営の勢いが止まらない。悪の陣営は、私の誕生に賭けている状態だ。
「さよなら? いったいどういう……いや、にしても珍しいな。今から戦闘だろう?」
 あとは最終調整を待つばかりの完全な人型になった私は、いつも通りカプセルの中から話しかけた。
「うん。……もう、会えないかもしれないから」
 そんな消極的な言葉をランが言うのは、私が知る限り初めてのことだった。
「……そんなに強いのか?」
 私が聞くと、ランは小さく首肯した。
「強い。この秘密基地に敵が乗り込んでくるのは、もう時間の問題かも」
 私は思わず黙り込んだ。
 状況は、思っていた以上に悪いようだ。 
 そして私は、最後かもしれないという彼女に、どうしても聞いてみたいことがあったことを思い出した。
「少し聞きたい。ラン、お前はどうして戦う? なぜ、世界を滅ぼそうとする?」
 私がそう聞いても、ランは驚いたりはしなかった。もしかすると、私の内なる悩みを察していたのかもしれない。
「…………それが、姉さんといられる唯一の方法だから」
 悲しさと寂しさが入り混じったような笑みを浮かべて、ランはそう言った。
「既に機械は、あらゆる面で人の能力を凌駕してしまった。自由や権利なんて言葉は遠い過去。この現代に、人間の意志が介入する場所は既にない。感情で揺れ動く人より、機械の方が遥かに、最適なアンサーを出してくれるから。人間はその答えにただ従うだけ。
 私の家には、児童虐待が確かに存在した。だけど、その状況から助けてくれる人はいなかった。能力は優秀だけど人格に大きな問題を抱える父と母を、社会の枠に最低限の犠牲で収める生贄。それが機械が判断した、私たちの存在意義だった。
 私たちの少女時代を犠牲にすれば、他の全てが丸く収まる。その後の人生では国から補助金が出て、それで最低限の生活費はサポートしてくれると聞いていた」
 そこで一度話を切り、ランが遠くを見つめた。
「私はそれもいいかな、と思った。姉さんがいるなら、どんな苦痛も耐えられた。姉さんだけが、私の救いだった。……でも、私が姉さんに頼りきりだったからかもしれない。姉さんは私よりも先に深く傷ついて、限界を迎えてしまった。……私達は、引き離された。
 今こうして再会できて、最期の時まで姉さんと一緒にいられる。それで私は満足。
 もう他に何もいらない。姉さんが世界を滅ぼすために戦うなら、私もどこまでもついていくだけ」
 それが、ランの覚悟。戦う理由らしい。
 どれだけ酷い目にあっても現実を受け入れ。そして、周囲に身を任せて流れに身を投じる。
 ――それがランの生き方なのだ。

「きっともう会うことはない。ダークも自分が納得する生き方をして。誰が何と言おうと、きっとそれだけが正解だから」
 そう言って、ランは研究室を出て行った。行こうとした。
「待ってくれ」
 気が付くと。私の腕がカプセルを突き破っていた。
 カプセルを満たす青緑色の液体が、勢いよくこぼれだす。
「今日は、私も行く」
 世界を滅ぼす気には、未だなれない。
 それでも。
 彼女の言葉を聞いて、戦う意思は生まれた。
 二人を助けたい。
 その思いで、私は悪の総帥としての一歩を踏み出した。

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