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第五十八話 職人と水商売

私は16歳くらいの頃から夜の店には顔を出していた。飲みに行くこともあったしヤクザをやっていた頃は何かトラブルがあると店に駆け付けたりしていたからだ。キャバクラは特に好きだった。彼女と飲みに行くときはバーに良く行ったりした。この頃から水商売には多少の憧れのようなものがあったのかもしれない。

外壁の建て方の仕事を始めて半年ほど経ったころ私は19歳になった。仕事も順調で月給も50万くらいは稼いでいた。外国人の可愛い彼女もいた。フィリピンパブで知り合ったチェリーだ。チェリーは店の源氏名で本名はタンジェリンという子だった。彼女といつでも話せるようにと携帯電話も買った。まだデジタルの携帯電話の出始めの頃である。

何の不満もなく毎日を過ごしていたのだが、なにか少し物足りないような気持にもなっていた。先輩ともよく飲みに行った。外国人の店に行くときは社長と飲みに行くか、一人で飲みに行っていたが、週に1~2回は先輩と居酒屋や日本人のキャバクラに飲みに行っていた。

その頃には仕事でも実績を積み、20歳になったら独立をさせてくれるという話まで出ていた。独立すれば給料は倍以上になる。順風満帆な毎日だった。毎日朝は5時には起きてそれから仕事に行く。残業はほぼなく5時には仕事が終わる。週に3~4日は外に飲みに行く。そんな毎日。何の不満もないはずだが、物足りない思いをずっと抱えていたのだ。

夜の店は私の眼には煌びやかに映っていた。経営者はもちろん、ボーイさんもバーテンさんもホステスさんも良い服を着ていて華やかだった。そして水商売は儲かるというイメージがあった。歌の歌詞にもあったが、良い車に乗って良い部屋に住んでイイ女を連れている。当時はそれが私の水商売のイメージだった。それに比べると職人は汚くてガサツで危険でとあまり良いイメージはなかった。職人をやっていることを恥ずかしいとまでは思わないが、水商売と比べるとカッコ悪いなとは感じていた。

このまま職人をやって独立して歳を取っていって楽しいのだろうか、と思うようになっていった。若いうちはやり直しがきくから何でもやってみたほうが良い。そんな話をよく聞くが、まさに私の気持であった。その頃から先輩とも将来についてよく話すようになっていった。先輩はあまりガツガツせず自分に合った仕事をやって、そこそこの給料が貰えていればそれでいい、という考えであった。私は自分の思っていることを先輩に打ち明けた。水商売に興味がある、このまま職人しか知らずに歳を取っていくのは嫌だといった。先輩は、「今仕事も順調にいってるんだからそんなこと考えるなよ」と言った。たしかにそうなのかもしれないが、日が経つにつれて、私の中で水商売の割合が段々と大きくなっていったのだ。

ある日コンビニに行ったとき、ふと本が置いてあるコーナーで求人誌が目に入った。なんとなく気になって手に取ってページをめくった。キャバクラの求人がたくさん載っていた。私はその求人誌をカゴの中に入れ家に帰った。部屋でゆっくりと求人誌を見る。未経験で20万~30万がキャバクラの従業員の相場であった。20万だと今の給料の半分以下だ。ただ幹部候補の欄には40万~50万以上と書かれている所もたくさんあった。職人と一緒で、頑張って実績を積めば給料が上がっていくのではないか?そう考えることにした。

職人の仕事自体には何の不満もない。だが何かが足りないのだ。何か満たされない思いがあるのだ。その気持ちだけが膨らんでいき、私はある日決断した。今の仕事を辞めよう。そしてキャバクラで働こう。そう決めると早速先輩に相談した。やはり先輩は反対した。「今が上手くいってるんだから給料が半分以下になるような仕事に転職する必要なんてない」と言われた。だが私の気持ちは変わらなかった。1年も勤めた会社である。名残惜しさもあるが次の日社長に思っていることを包み隠さず話した。最初は止められたが、私の真面目な性格を知っている社長は、やがて辞めることを許してくれた。最後には頑張ってやれよと言ってくれ、次の締め日までは働くことを約束した。

そこまで話が進んだので、私は求人誌を何度も何度も読み返し働く店を選んだ。求人誌だとどこも良い事を書いているのでそのまま鵜呑みにするのは良くないことは分かっていた。やはりやるからにはちゃんとした会社で働きたかったので、複数の店舗を経営している法人の店舗で働こうと思った。求人誌にボールペンで書き込みチェックを付けて店を選んでいった。候補に残った3社に電話を掛けることにした。

面接の日時を決めてある事に気がついた。『水商売はスーツだ、スーツを買いに行かないと』次の日デパートにスーツを買いに行った。以前ヤクザをやっていた頃に義理の場で着ていたスーツが1着だけあったのだが、もっと水商売らしいオシャレなスーツを買いたかったのだ。スーツが売っている店を何店舗もぐるぐると周りやっと1着のスーツを買った。面接に選んだ3社はどれも制服貸与と記載してあったので仕事中は制服があるはずだった。水商売っぽいオシャレなスーツにそでを通し夜の人間になった気分でいた。

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