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第五十三話 自分に合った仕事

新しい職場の初日。家の電話が鳴った。「おはよー着いたよ」社長からだった。毎朝迎えに来てもらえることになったのでとても助かる。固定電話も契約した。外の公衆電話まで行くのも面倒だし、迎えに来てもらって連絡がつかないのも困るからだ。前に働いたところで買って貰った作業着を着て車に乗り込んだ。「おはようございます、よろしくお願いします」と挨拶をした。車にはもうすでに二人乗っていた。一人は40代くらいのおじさん、もう一人は私と近い歳くらいの人だった。「みんな未経験だから緊張しなくていいから」と社長が言った。「はい、わかりました」と答える。途中で作業着が売っている店に寄った。「とりあえず2着くらいあればいいかな」といって上下セットの作業着を2着買って貰った。「ありがとうございます」と言うと「その分頑張ってくれればいいよ」と返ってきた。

現場に着くと仕事に使う道具を手渡された。腰袋の付いた安全帯、ハンマースケール、ラチェット等である。現場は鉄骨が3階まで組みあがっている状態の所になっていた。「今日は床引きだからね」「怪我だけしないように」何もわからない状態の私はとりあえず社長についていく事にした。外側にかけられている足場を登ってまず2階部分の梁の上に乗った。「まずは材料の搬入からね」現場にはクレーン車と荷物の乗ったトラックが数台もう到着していた。トラックにはALC(気泡コンクリート)と言われる素材の床材が積み込まれていた。様々な長さ、幅のALC材があり、梁の長さに合ったところへクレーンを誘導して降ろしていく。搬入作業は1時間程度で終わり、トラックとクレーン車の作業はここで終了である。この後は搬入した床材を梁の上に敷いていく作業になる。20㎝程度しかない梁の上を歩き回らなければいけない作業である。積み上げられた床材を両端を二人でもって一枚ずつ敷いていく作業だ。図面があり、長さによって敷く場所が決められている。ある程度の重さがある上に足場の悪い梁の上を歩かなくてはいけないのでなかなか大変な仕事である。私は高所恐怖症でもなく、身のこなしは身軽だったのでこの仕事は向いているのかもしれないと思った。40代のおじさんは梁の上に上ってくることさえも出来なかった。そのおじさんを見て社長は「あの人は辞めてもらうしかないな~君は良い動きしてるから頑張ってね」と言った。

現場作業には12時の昼休憩の他に、10時と15時に一服の時間が30分ほどあることが多い。10時の一服の時間にこれからやっていく作業について簡単に社長から説明があった。「今日と明日は2階、3階、R階の床引き」「床が終わったら明後日は壁材が入って来るからまた搬入して壁張りするから」私たちがやっている仕事は、当時売り出していた積水ハウスの都市型3階建住宅のALCの床引きとダインコンクリートの壁張りの作業をするという事だった。都市型住宅は当時から人気で今でも旭化成のヘーベルハウス等は有名である。流れとしては床材搬入、敷き込み、壁材搬入、建て込みまでが私たちの会社の担当なのだという事だった。社長は搬入の時に来るクレーン車の会社で働いていたらしい。搬入が終わったあとも現場に残って職人さんを手伝っているうちに自分で独立してやりたいと思うようになったとの事だった。なので社長も半分は素人なのであった。そう考えると気持ちが楽になって自分が頑張らなくてはと思うようになった。社長と一緒に図面を見て各所の収まり等を覚えるのは楽しい時間だった。図面の読み方も教えられればすぐに覚えた。「あのおじさんの変りも探さないとな」と社長は言った。この作業は4~5人のチームで作業するのが一番効率がいいらしい。今日は実質3人でやっているようなものだ。

一服が終わるとおじさんを除いた3人で上に登り協力して床を敷いていった。床材を止める金具があるのだがそれをおじさんには担当してもらった。
素人なりに良いペースで床が敷けている。親会社の担当さんが現場に来て私も挨拶した。「大丈夫そうですね~」担当さんはそういうと「人が安定しないと大変だね」と社長は言った。「若くて動きが良い奴が欲しいよな」話を聞いていた私はふと工場の先輩の事を思い出した。給料も全然いいしこっち来ないかな、等と考えていた。「一人あてがあるんで声かけてみても良いですか」と言うと「大歓迎だよ、頼むね」と言ってくれた。全員未経験の職場なんてそうそうあるものじゃないが、入ってみるととても居心地が良い。自分の頑張りしだいで会社の中心人物にもなれてしまうからだ。この仕事をしっかりやっていきたいと思うようになった。今日帰ったら先輩にも聞いてみよう。給料も倍くらいになるし喜ぶはずだ。薬や酒はほどほどにしよう。この仕事だったら普通に働くという事が出来るのではないかと期待に胸を膨らませていた。

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