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M&Aの流儀⑥:一気通貫に担当、一択。

細田薫です。私に気付いていただき、ありがとうございます!

「私のM&Aの流儀シリーズ」第六弾。今回のフレーズは、「一気通貫に担当、一択」。どうしても長丁場になるM&Aにおいて、「担当者」が変わりがちな日本企業ですが、それが如何に悪手であるか、について綴っていきます。

「全てはPMI・買収後からの逆算」とも言い換えられますので、そう理解いただいても結構です。

担当替えエピソードとして、よくある話

普段比較的短いタームのお仕事をされている方にはイメージしづらいかと思いますので、一つ事例を紹介します。

今、田添さん(29歳)はDue Diligence(DD)という、相手の会社のことをよく知るプロセスに入る前の、Non-binding Offer(NBO)を準備している所です。
もしこのNBOが先方に受領されたら、DD、契約交渉、社内申請、Signing、独禁法などの手続き(CP充足)、Closing(出資完了)といったプロセスが待っています。Closingまでどんなに早くても1年、長い案件では1.5年は掛かるでしょう。
無事NBOが受領され、DDも無事進み、契約書のSignまで辿り着きました。ここまで1年。田添さんは「もしかするとこの会社に派遣して貰えるかも・・??」と期待していますが、これまで一切派遣員に関する話は出てきませんでした。
そしてSigningセレモニーから帰国後、部長に呼び出されます。「田添、よくやってくれた。この会社にはA君(40歳)が行ってくれる予定だ。彼の赴任までにしっかりと説明をして欲しい。また、Closing後は東京からの支援と共に、別の新規事業を手伝って欲しい」。こう言われました。
しかしそのAさんは、これまでその案件には一切携わってきませんでした。田添さんは忸怩たる思いを抱えながら引き継ぎを行うも、急な辞令にAさんも驚いており、自身含めた家族の渡航準備などもあり、十分に集中して理解深化に努めることができませんでした。
出資後、当然現地では多様なトラブルが起きます。田添さんはDD時の知識を元に対応策が次々と浮かぶのですが、現地のAさんからは連絡が無く、十分なサポートが出来ません。
結果、初年度10億円の赤字。部署の命運を掛けた同事業の初年度失敗に部署全体の雰囲気も暗く、田添さんは呼び出されて説教を食らいました。嫌気の刺した田添さんは翌年転職し、楽しく仕事をしているそうです。

こうやって読むと馬鹿みたいな話ですが、どこの会社でもよく聞く話です。

DD・契約交渉は情報の宝庫

過去の流儀シリーズで、「DDやったって、会社の20−30%くらいしかわからない」みたいなことを書きました。そう思ってます。しかし、この20−30%というのが非常に重要な情報なのです。

会計基本ルール、取引先、取引額、足元の〇〇リスク、、、この辺りが分かってヨーイドンをするのと、情報ゼロでスタートするのとでは、何もかもが違うこと、何となくでもお分かり頂けるのでは無いでしょうか。

契約交渉も、相手の人生を掛けた交渉です。相手の思考、癖、大事にしているもの、、、こういったものが手に取る様に分かります。チンケな飲み会なんかより、遥かに濃いいコミュニケーションを繰り返しますし、そこで信頼関係も生まれます。

このフローを経ていない人が出向されないなんて絶対にあり得ない、そう断言します。

スタートダッシュがPMIの全て

なぜあり得ないのか。

流儀シリーズ第一回で書きましたが、買収した側の出向者は、事業会社から「エイリアン」として捉えられます。「こいつは何者なんだ」「俺をクビにする気か?」様々な憶測が飛び交い、一挙手一投足を見られています。

そんな中で「主にどこから仕入れてるんだっけ?輸入もあるんだっけ?」「今って従業員何人くらいだっけ?」「競合ってどこ?」。。。そんな質問をしてみてください。

あ、こいつ何も分かってないんだ。

そう思われて、一気にナメられます。就任初日の鬼塚先生(GTO)くらいナメられます。

そして、相手の信頼を得るために何より大事なのはQuick Synergy。つまり、「その出向者が来たことで、それまでに出来なかったことが成し遂げられた」という事実です。

簡単なことではありません。当たり前ですが、会社のことが分かってなければ、Synergyどころか、「実現性のないアイデアばかり出す、イタイ人」になってしまいます。

良くM&Aにおいて「ハネムーン期間は100日」と言われますが、私も同様の感覚を持っています。最初の3ヶ月で成果を出せると、従業員の見る目が変わる気がします。

そんな大事な100日を会社の基本情報の確認に使っていては、Quick Synergyなど実現出来るわけがありません。

だから、「DD・交渉を経て、DNAレベルまでに刻み込まれた、対象会社に関する理解・知識」が出資後、PMI(Post Merger Integration)には不可欠なのです。

なのに、何故途中で担当を変えてしまうのか

多様な理由があるでしょう。「若手はこのタイミングでトレイニーに出すことになっている」とか「あのオジサンは最近全然海外出れてないから、そろそろ出さないと」とか「任せたいけれど、案件の規模感上任せられない」とか。。。

また、自分が組織長だったら特に悩ましいのが「M&A案件の長さと不確実性」ですね。例えば同時に3件のM&Aを検討していた場合、全て成功するかもしれないし、全て失敗するかもしれない。しかも、其々1年とか2年かかるから、案件の浮沈が人材育成計画にイチイチ影響を及ぼす。

その間に人が辞めたり、病気になったり、他の事業が急に火を噴いたり。。。「分かってるけど、こっちだって苦しいピッチングなんだよ!!」という組織長のお気持ち、分かります。勝手なことばかり言って、ごめんなさい。

でも!!それでも!!!!
何とか一人でも「一気通貫にやり切る人」を作ってください。

その人がいるかどうかで、案件の成功確率が段違いです。世の中絶対はありませんが、もう断言しちゃいます(既に一度断言してますが)。

そこから続く、好循環

そういう人が一人生まれると、何が起こるか。

次の案件の成功確率も上がります。

DDや契約交渉は、常に「出資後・PMI」を想像しながらやらないといけないのですが、とはいえやったことが無いことを想像するのは難しい。私も、一件目のDDや契約交渉は、PMI中に後悔したことが何度もあります。

ですが、一人「一気通貫にやった人」が生まれ、その人がNBOやDDのフェーズから携わると、より鮮明なPMIの絵姿から逆算してDD・契約交渉が出来るので、案件のクオリティがぐんと上がります

裏を返すと、こういう人的アセットがない状態で大型M&Aをやる会社、組織、部署は、大抵失敗します。でも、その難しさも良く分かってないから、アクセル踏んじゃうんですよね。。。

もし読者の方でM&Aをご検討の組織の方がおられましたら、一度「うちの組織に一気通貫で担当した人、いたっけな?」と考えてみてください。

もしいないのであれば、案件規模を縮小するか、他所から取ってきてください。「いないからやるな」とはいいません。やらないと経験値が積めませんので。でも、「博打」は打たないでください。きっとその博打は失敗するので。

細田 薫

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