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M&Aの流儀⑤:常に「三方良し」。でも、特に売主良し。

細田薫です。私に気付いていただき、ありがとうございます!

「私のM&Aの流儀シリーズ」第五弾。今回のフレーズは、「常に三方良し。でも特に売主良し」。交渉時に特に留意すべきポイントですが、それだけでなく、M&Aディール全体において頭に置いていただきたいアイテムです。

三方良しとは

大辞泉によると「三方良し」の定義は以下です。

「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。

つまり、商売をするにあたって、「自分(自社)のことだけを考えるな、全てのステークホルダーにとってプラスとなる商売をしろ」ということだと理解しています。

私のブログを読んで下さっているビジネスマンの方々は「当たり前やんけ」と思っておられる方が多いと思いますが、一方で世の中を見渡すと、なんと「自分のことばかり考えている」人達・サービス・会社の多いことか。

そういった「自分・自社」が前に来ている会社・事業は、どこかで破綻を来しているように見えます。

M&Aで「三方良し」を実現することの難しさ

まず、ここではM&Aにおける「三方」を以下のように定義します。

①売主、
②買主、
③対象となる事業会社、
備考:あなたが「買主」であるケースを前提に進めます。

つまり、貴方が「とある事業会社」の株式を「売主」から買収しようとしているケース、とご理解ください。

M&Aもその他の商売も、形は違えど「会社が利潤を得るための手段」で括ることが出来ます。しかし、M&Aというフィールドで「三方良し」を実現するのは特に難しいと思います。その最大の理由は「イチ取引の金額が非常に大きく、そして将来の不確実性が莫大」であることが挙げられます。

①金額規模がデカすぎる

一取引10万円・100万円であれば、仮に失敗したとしても他事業で穴埋めが可能なケースも多いでしょう。しかし、M&Aにおいて億円単位は当たり前。数十億円だと「小粒」と言われる世界で、数千億円の案件だって珍しくありません。

そうなると、もう失敗した時の被害は甚大です。最近では、日本郵政社のトールHD買収が有名でしょうか。6,200億円で買収した会社を7億円で手放す。つまり6,193億円の損失を一案件で計上したわけです。

こうなってくると、当然のことながら「まずは自分・自社を守ろう」という強烈なインセンティブが働きます。

さらに大会社だと、こんな失敗をしたらその部署・担当者の未来は潰えることが明確なので、よりコンサバにコンサバに、というインセンティブが働きます。その脳みそには、既に「みんなで成功しよう」なんて言葉は無いかもしれません。

②将来の不確実性が莫大

会社を買収するにあたって、いわゆるDue Diligence(DD)という対象会社を理解するための詳細調査を行います。ですが、私の経験からすればどんなにDDを詳細にやったとしても、せいぜい20−30%程度しかその会社のことは分かりません。もちろん、買収後の未来なんて霧の中。

そのため、契約書にはRepresentation & Warranties(表明保証条項)とかIndemnification(補償条項)とか色々付けてリスクを減らそうとする訳ですが、それにも限界がありますし、それらに基づいて訴えを起こしても、直ぐに対価が得られるとは限りません。

だからこそ、M&Aには多様なリスクがあるわけです。さっと挙げるだけでもこんなに上がります。

①税務リスク(買収前から抱えていた税金不払いなど)
②収益性リスク(その会社の過去の収益力が今後も続くかどうか)
③シナジー不発リスク(期待していたシナジーが起こらない)
④人事・労務リスク(Key personが急に辞めたり、労務訴訟を起こされたり)
⑤虚偽申告リスク(提出された最新財務諸表に不正な会計処理が含まれている)
・・・etc

50cm先も見えない状態で車を運転しているようなものです。そうなると、当然コンサバになりますよね。まずは自分の命が大切になりますよね?これがM&Aの怖さです。

だからこその「三方よし」、そして「売主よし」

自分のことばかり考える、というのは「買収する事業会社のことを考える」と同義になります。なぜなら、その会社を花開かせることが将来の自社の利益に直結するので。なので、自然と「二方よし」になります。

そうすると、残る一方、つまり売主からは何としても良い条件で買おうというインセンティブが働きます。何故なら、それが最も容易なリスクヘッジの方法だからです。これが普通。しかし、敢えてここでこう提唱したいと思います。

三方の中でも、売主良し、を何より大事にしてください。

ここまで話してきたことは、全て相手方にも当てはまります。つまり、相手は相手で「自分のことを第一に考える強烈なインセンティブが働いている」ということです。

ここで、どちらも自分たちのことだけ考えたらどうなるでしょうか。

「出来るだけ悪い情報は隠して売りつけよう」
「そんなことをされたら嫌だから、とにかく根掘り葉掘り聞こう」
「必要無さそうな資料まで請求されてウザいなあ。。。早く終わらないかな」
「全然資料も回答も来ないな。やっぱり何か隠してるな。そのリスク分Discountして買おう」・・・

地獄の連鎖が止まりません。こうなると、最早事業会社のことも忘れ去られた「Deal」になってしまい、「三方良し」どころか「一方良し」になってしまいます

しかし、相手も人間です。カジノでスロットをやっているのではないのです。片方が胸襟を開けば、必ず反応してくれます。してくれないのなら、そんな人とはそもそも取引をしてはいけないので、その場を早く去りましょう。

例えば私は、以下のようなアプローチをしてきました。

①Dealを通じての先方側の税流出が少しでも小さくなるなら、当社側が面倒な手
 続きを負うのも厭わない。
②共同出資になる場合、三方皆が幸せになるベストな資本政策を提案
③先方の将来の相続まで見通した契約の作成        ・・・etc

どの提案をした時も、先方は喜んでくれましたし、別アイテムではよりこちらの意図も汲んでくれるようになりました。

つまり、結果的に「売主よし」は「自社よし」になり得ます。それを狙ってやるわけじゃないけど、結果的にそうなる。

これってどのビジネスでもプライベートでも同じですよね?それをM&Aでも忘れないようにしましょう、というシンプルな話でもあります。

「売主よし」と「ネゴ負け(高値掴み)」は全く違う

先に紹介した日本郵政の件のみならず、日本企業のM&Aではやたら「減損損失」が目立ちます。つまり、「適正価格よりも高い価格で買収し、その価格を正当化できない成績が続いたことで、簿価を切り下げられることで損失が発生する」ということです。

これは単に「こちら側の主張をせず(足りず)、ネゴ負けして払わなくていいお金を先方に払った」だけで、決して「売主よし」ではありません。

「言うべきことはいう」「不利な条件での買収はしない」という大前提があり、その上で「フェアに先方よしを実現する」ものであり、「譲る」こととは全く違うものであること、念のため書き添えておきます。

おわりに

たまに「売主よし」を「甘い!!」という人がいます。確かにそういう人は自社にとってとても良い条件を取ってきたりします。

しかし、その人はそれで本当に「幸せ」なのでしょうか?私はこう信じています。

自分の幸せの総量は、他者に与えた幸せの総量に比例する

この「比例」の傾きは1とは限りません。0.5かもしれませんし、2.0かもしれません。時に傾きは当然変わります。たまに指数関数になったりもします。でも、絶対に比例している、と確信しています。

この思想・理念はM&Aにおいても変わらないですし、変えてこなくてよかったな、と思っています。

マネーゲームでないM&Aが一つでも増えてきますように。

細田 薫

(以下、過去の連載作)


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