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小説 宇宙意識への扉・7

《出会い》

 
「あまり時間がありません。
本当に急にこんなことをお願いして申し訳ありません。ただ、連絡をしていい人数が限られているんです。助けてください!!」


☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 

「半年前の出張先の移動中に知り合ったんだ。電車の中で隣同士になったんだよ。大きなリュックを背負っていてね。隣は空いていますか?と言われたから、あいてますよと答えた。
その日の特急の自由席は満席に近かったんだけどね、父さんの隣はあいていたから、どうぞってね。荷物を網棚にのせてあげるのを手伝ったら、彼がビールをご馳走してくれたんだよ」

「へー、いい人じゃん!それで、それで」

「海外旅行の帰りだって言っててね、泊まったホテルの話や土産屋でだいぶ安く頼まれたお土産が買えたとか、そんな話しをしてくれた。話しやすい人だった。彼の家が父さんの職場の近くだとわかってね、今度一緒に呑みましょうって話になって」

「それで手帳に連絡先を書いたんだ」

「あぁ。カバンに名刺を入れておいたはずだったんだが、なぜかなくてね。手書きで書いたんだよ」


 父さんははじめてあった人に連絡先を教えるなんてことははじめてだったと言っていた。だが、また会いたいと彼の人柄がそう思わせたと言っていた。


☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


「あっ、すみません。携帯の電源が切れてしまっていて。」
ズボンのポケットから携帯を取り出すと、電源が切れていた。わたしは慌ててリュックを網棚から下ろすと手帳を取り出した。
「すみません、この余白のあたりに書いていただけますでしょうか?」
文字でびっしり埋まっている手帳に、少しだけ余白があった。メモ帳や日記代わりに使っている手帳は、もうボロボロで人様にお見せするには恥ずかしかったが、時間もなくそれに書いてもらうしかなかった。
「いいですよ、携帯は苦手なので手書きのほうが落ち着きます」
彼は丁寧に電話番号と名前を書いてくれた。
「もう着きますね。お気をつけて」
「ありがとうございました。またお会いしましょう!」
わたしはそう言うと、リュックを肩にかけ出口へと向かった。


☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

 

 「私に出来ることはありますか?」
少し時差があったが彼の声ははっきりと聞こえた。わたしはようやく助かるのだという希望を感じた。

 その時だった。目の前の大きなコンクリートの壁から緑色の文字が浮かび上がってきた。


 《あなたを迎えに来られるのは一人。電話の相手かもしくは代理人。あなたの首からかかっているプレートの番号を電話の相手に教えてください。それがないとあなたに会うことはできない。あなたを迎えに来れる人の名前を聞いたら、この壁に向かってその人の名前を言ってください。》

 

 私は必死で今の自分の状況を伝え、彼に迎えに来て欲しいと伝えた。
「私は仕事があるのですぐには難しいと思います。そうですね、私の息子に話をしてみます。おそらくこのような状況を飲み込むのが早そうですから。いいですか?」
「ありがとうございます。息子さんのお名前は?」
「白濱岳」
「しらはまがくくんですね……あっ!!」

 コンクリートの壁の文字は一度消え、再度浮かび上がってきたのは、

《SHRAHMA GAKU》

 緑色の文字が点滅している。
わたしは彼の息子さんをこのようなことに巻き込んでしまっていいのかと心が痛んだ。
会ったこともないわたしのもとへ、しかもどのようなことが起こっているのかわたし自身も把握していない。
息子さんにもしものことがあったら、どうすれば......。しかし、今のわたしにはこの選択しか残されていなかった。
「本当にすみません。よろし......」最後まで言い終わらないうちに電話が切れた。

 「時間です。箱の中に電話をしまい渡してください」
気がつくと、防護服を着た男がすぐ横に立っていた。まったく気がつかなかった。
箱に電話を入れるとふたは自動的に閉じた。とてもシンプルだが不思議な箱だ。
「彼が迎えにくるまでここで待っていてください。」
「彼はここの場所がわかりますか?私は彼に会ったこともないんです!。」
「あなたの番号は教えましたか?」
「あっ!!」
番号を伝えていなかったことに気がついた。
「わかりました。あなたはもう外部との連絡は出来ませんから、私どもの方で連絡をしておきます。」


☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆


 「えーーー!!!」
姉と母が驚きの声を上げた。
「俺が?」
「そうなんだ……」
人は本当に驚いた時には言葉が出なくなるものだと初めて実感した。
不思議と不安はなかった。どうしてなのかわからない。父は目をつぶってうつむいている。

「大丈夫。俺行くよ」

自分でも驚いた。そんな言葉がすんなり出てくるとは思わなかった。でも嘘ではない。本心からだ。なぜだかわからないがワクワクした。連日、テレビで観ているあの場所に行くなんてまだ実感がわかない。ただ、不安はなかった。

 雨音はまだ続いていた。気がつくと日付をまたいでいた。

「岳はいいの?本当にいいの?」母さんは心配そうに見つめている。

「うん、興味があるしね。こんな形で海外に行くなんて思わなかったけど」

俺は海外に行ったことがなかった。大学を卒業したらお金を貯めて海外にしばらく旅に出たいなんて、漠然とした夢があったが、具体的に何がしたいとかはなかった。ただ、テレビや映画で観る世界をこの目でみてから将来の事を決めてもいいんじゃないかと思っていた。これからの人生をどう生きるかは結局自分で決めていくことになる。だったら、世界を肌で感じたい。知ったつもりではなくてこの目でこの肌で感じて生きて行きたかった。友人には呆れられていたが、俺はけっこう真面目にそう思っていた。それが、こんな形で叶うとは、人生は何が起こるかわからない。


 みんなのコーヒーはすっかり冷めてしまった。


 「今日は寝よう。もう遅いしな」

父さんの一言で、母と姉はコーヒーカップをキッチンに片付け、俺は「おやすみ」と言って部屋に戻った。まだ、リビングから母と姉の声が聞こえる。

 とりあえず今日は眠ろう。

 雨はいつの間にか止んでいた。


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