宇宙童話 記憶保管所 記録係④ 読み解きのテスト
便り石は誰でも読み解くことができるわけではないんだよと小さい頃、父さんが兄さんに話しているのを聞いたことがある。この惑星は便り石を読める人はどんどん少なくなっていると。
家の人が便り石の読み解きが出来ない場合は、近所の読み解きが出来る人に頼むことが多い。一番多いのはお祝い事があるとき。
お祝いの言葉を便り石に込める習慣があるから。
兄さんが生まれた頃に惑星管理局に便り石を専門に扱うところが出来て、母さんは局員として働いている。
近所にも読み解きが出来る人が少なくなってきたので、必要な時は管理局に連絡をすると便り石が読める人を紹介してもらえるようになった。
「ナイル、あなたも惑星管理局に登録したらどう?」
「やってみたい!」
「じゃあ、明日一緒に管理局に行きましょう。テストがあるけど、あなたなら大丈夫よ」
☆ ☆ ☆
「ナイルさん、登録は初めてですね」
「はい!」
「では、簡単に惑星管理局の便り石専門局員のことをご説明させていただきます。
こちらでは、便り石の読み解きや写し込みが出来る方に登録していただくことで、便り石の読み解きや写し込みを必要とされる方にご紹介させていただくシステムになっています」
「母がやっているのでそのあたりはわかっています。わたしはまだ読めるようになったばかりなので、午前と午後で三つくらいなら読めると思います。それでも大丈夫ですか?」
「しっかりしたお子さまですね。もちろん大丈夫ですよ。大人でも三つ読むのは大変だという方もいますからね。では、簡単な読み解きのテストをさせていただきます」
窓口の隣の小さな部屋に入るように言われ席を立つと、窓口の後ろの椅子に座って待っていてくれた母さんと目が合った。小さく手を振りながら「落ち着いて、大丈夫よ」と言ってくれた。
☆ ☆ ☆
部屋はわたしの寝室よりも小さくて少し暗かった。部屋の真ん中には長細いテーブルが置いてあり、テーブルの上には小さな便り石がひとつとメモ用紙とペンが置いてあった。
母さんは便り石はそのままテーブルに置きっぱなしにしてはいけないと言っていたから、ちょっと違和感を感じた。
「便り石は、石を選ぶところから相手を想っているのよ。だから、とても大切に扱わなければいけないわ」
だから、便り石は木箱に大切に保管している。
わたしは椅子には座らずにテーブルの上の便り石をそっと手のひらに置いた。
「大丈夫」
わたしは便り石に話しかけた。こんなに寂しそうな便り石を見たのは初めてだったから。
左手に便り石をのせて、右手の中指と親指でそっと優しく触れた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
連絡事項
惑星管理局は来月より惑星衛星局の出先機関となり、惑星管理局の本部は惑星衛星局に移ります。
惑星衛星局へ移動する者は、今週中に衛星局担当者から便り石が届く予定です。便り石の読み解きをお願いします。
テスト
テスト
テスト
…… …… ……
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
わたしはゆっくり書きとりそれを窓口に持って行った。
「ありがとう便り石さん」
☆ ☆ ☆
窓口に行くとさっきより局員の人数が増えてきた。
母さんも心配そうな顔をしている。
わたしは窓口の椅子に座りながら、さっきの便り石の事が気になっていた。母さんに話した方がいいのかなと母さんの方を時々見ながら、窓口の向こうで話している局員の人たちを見ていた。
「ナイルさん、ちょっとお母さまと話をしてきますね」
☆ ☆ ☆
帰りは局員の人が家まで送ってくれた。
「お疲れ様でした。お母さまもそれほど遅くない時間に戻られると思います。これをよかったら召し上がって待っていてください」
「ありがとうございます」
大好きなクッキーだ。
わたしはお庭の井戸から水を汲んで、顔と手を洗って水を飲んだ。
リビングの椅子に座ってクッキーを食べながら、今日の便り石の内容がちょっと気になっていた。
衛星局の話は何回か母さんから聞いていたけれど、本格的にそうなれば母さんは衛星に行くことになる。
わたしはこのお家に一人になってしまう。早く父さん帰ってこないかな?そんなことを思いながら母さんを待っていた。
☆ ☆ ☆
「ナイル……」
「母さん……」
わたしはリビングで寝てしまっていたらしい。
「ごめんなさいね。遅くなってしまったわ。今日はパンをいただいたから、それにジャムを挟んで食べましょう」
「うん!」
母さんのジャムはとびきり美味しい。いつだって大歓迎だ。
「ナイル、今日は大変だった?」
「ううん、大丈夫。でも、テストの便り石のことはちょっと気になったの」
「どう気になった?」
「うーん……なんか寂しそうって。だから、大丈夫って言ってあげたの。お部屋にひとりぼっちだったから寂しかったのかな?木箱にも入ってなかったし」
「ナイル、あなたはなんて優しい子なの」
母さんはわたしの手をギュッと握ってくれた。とてもあたたかい手。
「たぶん、あの便り石を入れた局員の気持ちを感じたんだわ。衛星局の話はほとんどの局員は知らないことだったから」
「惑星を離れるのが寂しくて?」
「そうよ。母さんも寂しいわ。でも、今回の決定は良いこともあるのよ。ナイルにもゆっくり話すわ」
テストの便り石は、本当はわたしのテスト用ではなかったらしい。
配布用の便り石がひとつなくなったと局員が探していて、それで窓口に人が集まっていたそうだ。
衛星局が出来ると他の星系とも連携が取りやすくなる。この惑星では便り石になる石があまり取れなくなっているから、他の惑星から便り石に適しているものを持ってくることも出来るらしい。
便り石についての選別は母さんが担当になる事はほとんど決まっている。
「母さんにぴったりね」
「ナイルが寂しくないように考えるからね」
ちょっと寂しいけど、でも他の惑星にも便り石があるなら見てみたいとも思った。
わたしは便り石が大好きだから、この惑星から便り石の習慣がなくならないためにいろいろ考えてている母さんを尊敬している。
☆ ☆ ☆
次の日。
管理局の方がわたしに会いに来てくれた。そして、正式に惑星管理局の登録をしてもらえた。
「ナイルはまだ読み解きをして間もないので、あまり無理をさせないでくださいね」
母さんはそう言って管理局の人を見送った。
「昨日、ナイルが難しい読み解きが出来たからあなたにとても興味があるようだけど、母さんはゆっくり読み解きに慣れていって欲しいのよ。だから、無理はしないでね」
「わかってる」
☆ ☆ ☆
その日、母さんと兄宛の便り石を見に行った。
「ナイルが選んでね。あなたのお祝いの石だから」
「あら、ナイルさん。お祝いなの?」
工房の奥さまはお花のお茶を出してくださった。
「読み解きが出来るようになって……」
「おめでとう!ナイルさん。今日はお祝いの石プレゼントするわ。ちょっと待っててね」
奥の扉から小さな木箱を持ってきてくれた。
「職人の方からいただいたのよ。特別なお客様にお渡しして欲しいって言われて。ナイルさんに差し上げるわ」
箱の中にはきれいに磨かれた便り石がひとつ入っていた。
「よかったわね。すてきな便り石ね」
「うん、とってもきれい。ありがとうございます」
いつもよりもたくさんクッキーをいただいて、母さんと一緒に食べながら家に帰った。とても楽しい時間だった。
読み解きが出来るようになって、わたしはちょっと大人になった気がした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?