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生きることに執着はないけど生きてると感じられることには執着してるかもしれない

昔から友人たちに「すでに悟り開いてそう」「いずれ尼さんになって解脱してそう」とか言われることが多くてそれに対してヘラヘラ笑って過ごしていたけれど、別に悟りなんか開いてないし尼さんにもなってないし別になるつもりもない。そこそこ煩悩まみれだと思う。確かに人よりは執着心とか欲が少ないのかもしれないけど、人間なのでもちろん全く欲がないわけじゃない。

生きる上では健全な欲がある程度必要って知ってるから。


小さな頃から世の中で言われている「普通」とか「当たり前」とかがいまいちわからなかったし、今でも正直わからない。そういうのがある、というのは成長するにつれてわかるようになったけど、だからといってなぜ世の中の「普通」や「当たり前」に当てはまらなければばおかしいと言われるのか・思われるのかがさっぱり理解できない。

おかしいと思われたところでそうなんだ~としか思わないし。そういう所も逆に煙たがられたりする要因なのもわかっていてはみ出さないようにみんなと同じフリをしてみた時期もあったけど、自分が消えていくようだったし実際自分の感情がわからなくなった時期もあったので無理はしちゃいけないなぁって思う。

「普通」と枠組みされたものがわざわざそうでないものを変だと言ってくることとか、違うもの同士が対立するのがいまいちわからなくて、なんで そっかぁ~違うんだね~!で済まないんだろう、なんで違いを知り合おうとしないんだろうみたいなよくわからない感情で世の中をぼんやりと見ていることが多い。

でも主張することが必要なこともそうしていくことで変化がもたらされることも同時になんとなくわかる、わかるからやっぱりぼんやりと眺めてる。そういうとき、ぼんやりしちゃう。


マウンティングとかもわからなくて、なんでそういう感情を持つのか、他者になぜわざわざ向けるのかもさっぱりわからなくて、それこそ自分が向けられてることすらわからないことが多くてわざわざ向けられてることを教えてくれる友達もいた。そしてそれをわざわざ教えてくれることにも実は悪意があるのも後から知ってショックを受けたこともあった。

みんなあなたみたいに強くないとかその真っ直ぐさや純粋さが逆に見てて苦しくなるって泣かれたこともあって、別に強くなりたくてなったわけじゃないし強いと思わないし、私のままでいるって誰かを悲しませてしまうことなんだろうかってとても辛かったしやっぱり意味がわからなかった。

他にもどうしてそういうことを思うのだろう、どうしてそういう感情を向けるのだろう、どうしてそういう行動をとるのだろう、そこになんの意味があるのだろう、わからないことが多くて、ひとつひとつ知っていくたびになるほどな~という驚きと絶望を何度も味わったりもした。人間怖い、好きじゃないって怯えてた時期もあった。

私、わからないことだらけ。


私は世の中の「当たり前」や人間が持つあれこれがあまり理解できないんだなぁと思いながら、それでも表面上はわかってるフリをしてバランス良く暮らしているつもり。怯えるだけや絶望するだけや自分は違うから!と振り翳すだけなのもなんか違うな~って思っていて。

せっかくだからバランスよく生きてみたい。

どっちにも偏りすぎずいいあんばいで。あと、普通とか当たり前なんてものは大多数だからそう位置付けられてるだけだって思うし、ただ単に大多数の人たちが普通のフリがうまいだけでしょうって思っちゃう。


自ら命を絶ちたいと思ったことがなくて でも生きることにも特に執着はない。それはきっとそこまで追い詰められたことがないからだとかそこまで絶望したことがないからだと思う人がきっといるだろうし、人によっては逆に私の経験を聞いてよく死にたいと思わなかったねと驚く人もいるだろうなって思う。結局のところ人によって捉え方は違うのでそこはどうでもいいなって思う。

人によって絶望や苦しみや痛みの大きさは違うしどれが正しいわけでもないから、そこであれこれ言うのも言われるのもなんか違うなぁって思う。そういう視点を持つ人とだったら色々と語り合いたいなとは思うけど。

あと、どうせいつか死んじゃうからなって常に思ってるからなんだと思う。悲壮感じゃなくて、

生きるって死ぬまでの過程ってだけのことだから、だったらその過程をどう彩って生きていこうかな~。

みたいな、そんな感じ。ふわっと。


生きることに執着はないけど、生きてると感じられることには執着あるのかもしれない。

生きてる!って感じられるとすごく嬉しい。

いつも、あ、私生きてるんだ、すごいな!って思うんだけど、みんなそう思わないんだろうか。

生きてる!と思えることって例えば傷がついたりして痛いとか体調不良の時とか血が流れていることでもわぁすごいな!って思うんだけど、でもそういう感じ方よりは太陽の光を浴びてる時に体の中にじゅわ~ってくる暖かさとか、冷たい風を浴びた時の皮膚感とか、美しい景色を見たときの感動とか、大好きな人(私にとっては夫)に抱きしめられてるときの暖かさとかそういうので生きてる~!って思えるのが好き。

いつまで続くか知らないけど生きている限りはそうやって、私は今日も私という人間を生きています。