【小説×レシピ】セビーチェな夜。
「ピッ」
私はクーラーの温度設定を下げた。
より人肌が恋しくなるように。
金曜の夜、11時。
あなたは2週間ぶりに私の部屋へ来た。
でもやっと会えたというのに、あなたは何もしない。
私たちはいつからこうなってしまったのだろう。会話もなければ抱擁もない。
私はディフューザーにアロマオイルをたらす。不安な気分を振り払うというライムの香りだ。
「いい匂いだね」
あなたはこっちを振り向きもせず、つぶやくように言う。
そして沈黙。もう慣れっこだ。時計の針だけが空間を支配する。
「あのさ」
10分以上はたっただろうか。彼がふいに振り向き私に呼びかけた。その語調が私の心にさざ波を立てる。
「ずっと考えていたんだけど、」
どんな言葉でも受け入れる準備はできていた。私たちはもう子どもじゃない。お互いひとりでも生きていけるはずだ。
「俺たち、もう」
私はくちびるをかみしめる。こんなときうろたえるのは大人のすることじゃない。彼の目を見つめてちゃんと最後のセリフを聞こう。
「・・・結婚しないか?」
「えっ?」
予想外の言葉が私を混乱させた。
「えっ、いま何て言ったの?」
「結婚しよう」
私は思いっきりうろたえた。あまりに意外なセリフに安堵することも喜ぶこともできなかった。
あっけにとられていると、彼はまた視線を落とし黙りこむ。
私はどちらかというと怒りがこみあげてきた。
「・・・そういうことはそれなりの雰囲気を出して、そしてもっと早く言え・・・!」
ぽろぽろと涙がこぼれた。まるで玉ねぎでも刻んだかのように。
会えたあと何もしない私たちを、ライムの香りが一つにしていく。
冷え切ったこの部屋の中で。
セビーチェという料理がある。南米ペルーの名物で、簡単に言うと魚介のマリネだ。
この料理のポイントは「あえたあと何もしない」ことと「よく冷やす」ということ。火を使わなくてもライムの香りが全てを一つにまとめてくれる。
現地ではトルティーヤやクラッカーと一緒に供されることが多いらしいが、薄切りにしてトーストしたフランスパンに乗せて食べてもおいしい。
このレシピでは鯛、イカ、エビを使ったが、アジやタコ、ホタテでもOK。
材料(2人分)
・鯛(刺身用) 60g
・イカ(刺身用) 60g
・ゆでエビ 60g
・玉ねぎ 1/4個
・トマト 1個
・ライム果汁(レモンでも可)大さじ1
・塩 少々
・砂糖 少々
・パセリ 少々
作り方
・鯛とイカは1cm幅に切る。エビも1cm程度の角切りに。小さければそのままで。
・玉ねぎはみじん切りにし、塩と砂糖少々をふってしっかりもむ。しんなりしたら水で洗って水気をきる。
・トマトもヘタをとってみじん切りにする。
・すべての材料をボウルに入れ、ライム果汁と塩少々を加えてあえる。
・冷蔵庫でよく冷やす(10分以上)。
・仕上げに刻んだパセリを散らしてできあがり。
苦手でなければ細かく刻んだニンニクやシシトウ、またアボカドなどを加えても美味。白ワインのお供にも最高。
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