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とある本紹介式読書会の記録~2023年7月編~


◆はじめに

 7月23日(日)の朝、学生時代からの知り合いとZoomを使って読書会を行った。この読書会は元々、東京都内のカフェの貸会議室などを使って数ヶ月に1回行われていたものであるが、3年ほど前にオンライン化し、それから毎月開催されるようになった。就職を機に関西に帰っていた僕は、オンライン化をきっかけに再び参加するようになり、以来毎回のように顔を出している。

 ——さて、前回はこう書き出しておきながら、読書会において本そっちのけで怪談が披露される、という珍事の紹介に徹してしまった。皆さんの中には、「裏切られた」「今回とて油断はならない」と身構えている方もおられるかもしれない。どうかご安心いただきたい。今回は本の話である。

 この日の読書会の内容は、「夏に関する本」をテーマに、メンバーがそれぞれ本を持ち寄って紹介するというものだった。季節に合わせたテーマだったが、前回もチラと触れた通り、少なからぬメンバーが本を選ぶのに苦戦したようだった。中には、たまたま夏に読んだ本だからという理由で、内容自体は夏と全く関係のない本を紹介したメンバーもいた。こうなってくると、発想の飛ばし方勝負のような気もするが、それは置いておこう。

 この日の参加メンバーは5名だった。そのうち1名は本の話はせずに怪談を語り出したので、本を紹介したメンバーは4名。うち2名が本を2冊紹介したので、登場した本は全部で6冊だった。では、それらの本を紹介された順に見ていくことにしよう。

◆1.『夏の闇』(開高健)

 経済関連の本やラノベを紹介することが多いメンバー・urinokoさんからの紹介本である。1960~80年代に活躍した作家・開高健さんの「闇三部作」と呼ばれる作品群の2作目で、かなり評価の高い小説である。開高さんの闇三部作については、2年ほど前にも一度urinokoさんから紹介されたことがあったが、今回、タイトルに「夏」がつくからということで、改めてこの本が紹介された。

 本作に描かれているのは、開高さんがベトナム戦争への従軍から帰ってきた後の私生活である。フランスに向かった開高さんは、そこで昔の彼女と再会し、やがて2人でドイツへ向かう。その暮らしぶりは「自堕落」と評するしかないもので、実際本書の200ページ弱は、ベッドに転がる姿の描写に当てられているという。

 これだけ聞いても内容の想像がつかないが、urinokoさん曰く、「自堕落な生活を描いたエッセイないし私小説の中では、これが一番」なのだという。また、今回のテーマに絡めて「夏のジメジメした暑さを文章で感じられる本だと思う」という紹介もあった。

 実を言うと、前に紹介されたのをきっかけに文庫本だけは買っているのだが、未だに手が出ていない。他にも読みたい本は色々あるが、久しぶりに目に付くところまで出してみてもいいかもしれない。

◆2.『十五の夏』(佐藤優)

 『夏の闇』に続き、urinokoさんから紹介された本である。以前から度々紹介されている作家・佐藤優さんの小説だ。

 作品のもとになっているのは、佐藤さんが15歳の時に行った旧ソ連を巡る旅(!)である。ただし、実際の旅行からは内容がかなりアレンジされており、エッセイではなくあくまで小説に当たる本だという。もっとも、かつてのソ連・東欧事情はかなり詳しく描かれているので、読み物としては非常に面白いという。

 上下巻合わせて1,000ページに及ぶ大作であるが、ソ連・東欧事情に興味がある人や、海外旅行小説が気になる人にはオススメの1冊のようだ。

◆3.『姑獲鳥の夏』(京極夏彦)

 読書会きっての多読派・van_kさんからの紹介本。京極夏彦さんの代表作「京極堂シリーズ」の第1作である。「京極堂シリーズ」というのは、古書店の主人と陰陽師という2つの顔を持つ男・「京極堂」こと中禅寺秋彦が、巷で噂されている奇怪な事件の謎を解き明かすミステリー小説群である。作中で取り上げられる事件は必ず「妖怪の仕業ではないか」と語られており、そんな奇怪な事件を、博識の京極堂が論理的に解き明かすところに、一連の作品の面白さがある。

 『姑獲鳥の夏』は、雑司が谷にある(ことになっている)久遠寺病院を取り巻く謎が中心の物語である。病院長の娘が18ヶ月も子どもを妊娠しているという噂が流れ、京極堂の旧友で雑誌記者をしている関口巽は、真相を確かめるべく病院を訪れる。彼はそこでさらに、久遠寺病院を巡る黒い出来事を幾つか知ることになる。娘の夫の失踪。そして、過去に繰り返し起きていた、病院で生まれた赤子の消失。次々に立ちはだかる謎を前に、関口は混乱を来す。その時、京極堂が動き出す。——事件の真相は、もちろん本書に委ねよう。

 この本はかつて僕が別の読書会で紹介したことがあり、van_kさんは「二番煎じですが」と前置きしながらこの本を出していた。もっとも、van_kさんは今回、「聞く専に回りたい」と嘆くほど本選びに困っており、かなり悩んだ末にこの本を紹介することに決めたようだった。

 紹介の中では、この本の夏に関連する要素として、①タイトルに「夏」が入っていること、②妖怪が出てくること、③夏休みでないと読めないくらい本が分厚いこと、の3点が挙がっていた。その後、話し合いの中で、「作者の名前にも『夏』が入ってますね」と指摘があり、van_kさんは「あ!」と声を上げていた。

◆4.『水木しげるの遠野物語』(水木しげる)

 『姑獲鳥の夏』に続き、van_kさんから紹介された本である。妖怪つながりということで、『ゲゲゲの鬼太郎』でお馴染み、水木しげるさんの本が紹介された。

 タイトルからもわかる通り、この本は、民俗学者・柳田國男さんの『遠野物語』の一部を、水木さんが漫画化したものである。また、作中には水木さんが岩手県の遠野を訪れ、『遠野物語』に描かれていたものが何だったのかを探って回った取材旅行の記録も登場するそうだ。

 van_kさんは取材旅行記部分のほうを読みながら、「妖怪とは何か」ということを考えたそうである。妖怪については、非科学的な迷信というイメージも付いて回りがちだが、元来は実際に起きている現象を何らかの形で説明するために生み出す存在だった。そういう目で捉え直してみると、妖怪を違った観点から見つめられるのではないかと、van_kさんは話していた。

 『遠野物語』も、ずっと気になりながら手が伸びないでいる本の1つである。漫画版があり、それも水木しげるさんが描いているのであれば、入門編として手に取ってみたいと思った。

◆5.『ペンギン・ハイウェイ』(森見登美彦)

 ワタクシ・ひじきの紹介本。僕の好きな作家・森見登美彦さんによる、児童文学っぽいテイストの小説である。

 主人公のアオヤマ君は、郊外の住宅地に住む小学4年生の男の子である。彼は好奇心旺盛で、毎日たくさん本を読み、気になったことをノートに書いている。5月のある日、彼の住む街にペンギンがたくさん現れる。海に面していない住宅地に、どうしてペンギンが現れるのか。疑問に思ったアオヤマ君は研究を始める。そして、普段から通っている歯科医院のお姉さんが、ペンギンを生み出す不思議な力を持っていることを知る。

「この謎を解いてごらん。どうだ。君にはできるか」

 ペンギンの謎。お姉さんの謎。さらに、クラスメイトのウチダ君・ハマモトさんが取り組んでいるそれぞれの謎。様々な謎を前に、少年たちの世界はどんどん広がっていく。そして、一夏を過ごし、秋が近付く頃、アオヤマ君は全ての謎の答えに辿り着くのだった。

 『ペンギン・ハイウェイ』は、僕が今まで読んだ本の中でも5本の指に入るくらい好きな作品である。世界がどんどん広がっていく楽しさ、子どもの頃の1日が長い感じ、大人への憧れ。そういった、心が膨らみ、ほんのり切なくなるような感覚が、この作品にはいっぱい詰まっている。老若男女を問わず、童心に帰りながら読んで欲しいと切に思う。

 残念ながら、僕はこの本のことを上手く人に話せた試しがない。この日の読書会も例外ではなかった。思いとは、強すぎると上手く人に伝えられなくなってしまうものなのだろうか。つくづくもどかしい話である。

◆6.『経済学の宇宙』(岩井克人・前田裕之)

 読書会の代表を務める竜王さんからの紹介本。これまでにも何度か名前が出ている経済学者・岩井克人さんが自らの遍歴や思想について語ったインタビューをまとめた一冊である。幼少期から経済学に出会うまでの経緯。若くして研究者として脂に乗った時期を迎えるも、学会で徒党を組むことに失敗し、学者として評価されなかったこと。そういった話を織り交ぜつつ、経済に関する自身の考えを語っていくという内容になっているようだ。

 竜王さんがこの本を紹介したのは、自身で「積読消化期間」と決めている夏の時期に読んだもので、中でも非常に印象に残った一冊だからということだった。1人の人間、それも関心を寄せている人間が、どのような経験や出会いを経て、今のその人になったのかを知ることができ、非常に面白かったそうである。

 実を言うと、僕の積読本の中にも岩井克人さんの本がある(この本ではないが)。だいぶ長いこと積んでいるが、これについてはそう遠くないうちにちゃんと手を出したいと思っている。その時が来たら、読書会で紹介することにしよう。

◆おわりに…?

 以上、読書会で登場した6冊の本について紹介した。改めて振り返ると、小説が4冊、マンガが1冊、回顧録的なものが1冊というラインナップだった。この読書会では新書系の本が紹介されることが多いので、小説が過半数を占めるというのは案外珍しい展開だった。たまにはこんな回があっても良いと思う。

 もっとも、正直な感想を言えば、本そのものの内容よりも、テーマに寄せて本を選ぶことに苦戦する様子の方がよほど印象に残ってしまう回だった。事前の段階では、季節に関する本というテーマは、可能なら今後も使っていこうという話になっていたが、この感じだとテーマは別の方法で決めた方が良さそうだ。読書会として見れば、それがわかったということが、この日一番の収穫かもしれなかった。

 さて、通常ならばここでエンディングを迎えるところであるが、今回に限っては、番外編的に紹介したい本などが2つある。その紹介をもって、この記事を締めくくることにしよう。

◆番外編1.本当にあった怪談噺

 この記事の冒頭でもちらと触れた通り、今回の読書会では、本が選べなかったからという理由で、夏らしく怪談を始めたメンバーが1人いた。読書会という概念が崩壊しかねない珍事であったが、それだけに非常に印象に残る出来事であった。

 怪談の詳細は前回の記事で書いたので、気になる方はこちらからご覧ください。

◆番外編2.『タッチ』(あだち充)

 この日読書会に参加できなかったメンバーのしゅろさんが、ブログで紹介していた本。この読書会のnoteマガジン「ひとり読書会」の主催者でもあるしゅろさんだが、現在とある試験に向けて勉強している最中のため、今回の読書会への参加は見送ったそうだ。ただ、参加したいのはやまやまだったらしく、ブログで本を紹介していた。

 しゅろさんが休みと聞いた瞬間、僕は「あの人ならやるだろう」と思い、スッとブログにアクセスした。案の定本が紹介されていたので、読書会の途中、タイトルだけ読み上げた。

 当人が書いているところによると、しゅろさんも夏に関する本選びには相当苦戦したらしい。結局、夏=甲子園=タッチという流れでこの作品を持ってくるに至ったそうだ。もっとも、『タッチ』はかなり印象に残っている作品らしく、「登場キャラが皆妙に大人びていて、誰もがスカしているあの感じ」にめちゃくちゃ影響を受けたそうだ(一体いつ読んだんだろう?)。

 読書会の中では、『タッチ』の続編に当たる『MIX』という作品が今も連載されていることが話題になった。『タッチ』の物語は、まだ終わっていないようである。

(第186回 7月26日)

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