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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【46】15日目 白糠〜厚内③ 2016年11月5日

雪の道東を走る「週末北海道一周」第15日目。
直別駅の先で、大型車にひっきりなしに追い抜かれて気の休まらない国道38号を外れ、踏切を渡ると、道は森に包まれて、突然、静寂に支配されました。
※ 直別駅は現在は廃止され「直別信号場」になっています。

◆ 誰もいない氷雨の海辺

日陰では濡れた路面がシャーベット状に凍っています。
スパイクタイヤが路面を引っ掻く機械的な唸りが、緩い上り坂に響きます。
森の中から、列車の走行音が聞こえて来ました。やがて、木の間越しに、特急「スーパーおおぞら」に使われている4両編成の車両が現れました。
この頃、この車両は、本来の特急列車ではなく「快速」として運行されていました。8月末に北海道を襲った台風10号により、十勝地方ではJRの橋梁3箇所が流され、石勝線、根室本線共に、道央と行き来できない状況がなお続いていたのです。
この台風では、岩手県岩泉町で多くのお年寄りが水害で亡くなったため、全国ニュースなどではそちらがクローズアップされ、十勝の深刻な被害はやや霞んでしまった感がありました。
しかし10月初旬に十勝をドライブした時、河川敷は土砂や倒木で埋まり、あちこちで橋が被害を受けて遠回りを強いられ、その爪痕の大きさを実感させられたものです。道東と道南を結ぶメインルートの一つ、日勝峠も、各所で土砂崩れや路盤流出が発生して通行止めとなっており、唯一の動脈となった道東道はひどい混雑ぶりでした。

▼ 台風10号の被害を伝える十勝毎日新聞の写真特集 

緩やかな短い坂を登りきったところから、一直線の下り坂が森の中に伸び、その先には海が広がっていました。新緑や紅葉の季節で晴れ渡った日ならば、立ち止まり、何枚も写真を撮りたくなるようなポイントです。
海に面する南斜面は、路面に雪も見当たりません。気持ちよく下り、海岸沿いで脚を止めました。
雪は止んでいました。心なしか、空も明るくなってきたようです。
カモメも数多く空を舞っています。
これだったらロードバイクで、今日は予定どおり晩成温泉まで、明日は襟裳岬までの行程をこなすこともできたなあ、という思いも胸を過ぎりました。しかしまあ、それは結果論であって、逆にロードバイクで来て大雪に降られるより遥かに賢明な判断ではあったとは思います。
消波ブロックは半ば砂に埋もれ、ガードレールもない荒れた舗装路と、単線非電化の線路が並走するだけの、寂寞とした、しかしある意味北海道らしい風景が広がっていました。
数キロ先に、ひときわ切り立った断崖があり、その下から埠頭のようなものが海に伸びています。あそこが厚内でしょうか。

▲ 直別〜厚内間の海岸線

気持ちよく海岸沿いを走り、厚内の集落に入りました。通りに人気はないが、郵便局も駐在所もあり、今時珍しい個人営業の食料品店も3店ほど店を開けていました。
根室本線に沿って走るのはここまで。この先、線路は厚内川に沿って内陸へ向かいます。白糠までは鉄道で輪行して戻ることになるので、この厚内から列車に乗らねばなりません。できれば十勝川河口に近い新吉野駅まで走りたいところですが、そうすると白糠に戻るために乗れる列車が一本遅くなり、白糠着は17時半。それから見知らぬ夜道を運転して晩成温泉に着くのは20時近くになります。温泉施設の営業は19時半までなので、これでは温泉に入れず夕飯にもありつけないのであります。
※ 現在では、21時まで営業しているそうです(最終受付20時)。

今は13時。予定している列車が厚内を出るのは14時25分。あと30分で行けるところまで走って、戻ってくることにしました。10キロほど先の、国道336号線との分岐点まで走っておけば、明日のスケジュールも組みやすくなります。

集落を出たところでは舗装工事の最中でした。時期的に、公共工事の予算執行の追い込みといったところでしょうか。未舗装の路面は転圧されていますが、数日来の悪天候が影響してか、タイヤが沈み込んで走りにくい。
再び雲が厚くなり、雪の代わりに冷たい雨が降り出しました。
ただ、風は強くはなく、完全防備が奏功して寒さも感じません。むしろ、身体はぽかぽかとして汗ばんで来ました。

前には海、背後には海食崖が迫るわずかな平地に、小規模な農場が点在しています。主に乳牛を飼育しているよう。潮風が強いためか、樹木はあまり見られません。ところどころ流れ下る川に削られ、何層もの地層が露出しています。
雨は少々煩わしいが、スピードに乗って、気持ちよく走りました。

▲ 厚内から先の海岸線

9キロほど進むとトンネルが現れました。ここもなにやら工事中。直別からこっち、見かける人は工事作業員ばかり。
「厚内トンネル」と銘版がある、さほど長くはないトンネルを抜けると、道は内陸へと方向を転じます。目的の地点に近づいたようです。
左手にダートを分けるところで脚を止めました。ツーリングマップによると、荒れたダートの先には「太平洋の水平線が丸く見えるほどの大展望」が望める昆布刈石展望台というポイントがあるといいます。今日の行程はここまでとし、明日はここから、このダートを登ってみようと思っています。せっかくMTBで走っているのだし、明日は晴天との予報でもあります。

▲ 本日の中断地点

踵を返すと、やや強い向かい風が顔面にぶつかってきました。無風だと思っていましたが、実際は追い風に背を押してもらっていたようです。
ゆっくり戻っても、厚内発14時25分の列車には十分間に合いそうなので、クールダウンということで急がず引き返しました。
雪は雨に変わり、少し強まってきました。今日着用しているプルブレーカーは、防寒・防風性能は高いが、10年近く使ってきて防水性能が低下しています。ジャージーが湿り気を帯びてきたのが感じられました。

◆ ローカル線に揺られ、ハンドルを握り…

14時前に厚内駅に戻り、駅前の食料品店の自販機で暖かな缶コーヒーを買って、一息つきました。
こうして立ち止まっていると底冷えを感じるのですが、走り続けている間、寒さを感じることは全くありませんでした。体幹と、いわゆる三つの首 ー首、手首、足首ー をしっかり保温することは大変に効果的なのです。
風が冷たいので、殺風景な無人の待合室に入ってMTBを分解し、輪行バッグに収納しました。
この厚内駅、今は寂しい無人駅ですが、ホーム3面の立派な構造であり、往時はそれなりのにぎわいもあったことと想像されます。駅舎は白いサイディングボードとアルミサッシで改装されていますが、かつては味わいのある鎧ばりの板壁だったのでしょう。今は薄暗い待合室にも、売店くらいはあったのかもしれません。

▲ 厚内駅ホームにて

やがて入線してきたディーゼル車2両編成の釧路行きはワンマン運転で、乗客は各車両に4、5人といったところでした。
直別まで海岸線を走り、そこからは冬枯れの尾根と湿地帯を抜けてゆきます。時折、エゾシカが驚いたように駆け出していきました。

白糠に戻って、車の中で、湿ったジャージーを着替えました。50キロ足らずのライドだったのに、頚椎ヘルニアや肋骨骨折の後遺症で、首や肩に痛みと凝り、左腕には神経性の痛みが出ています。駅前のサツドラに入り、湿布薬を購入しました。
まだ15時半頃ですが、雲が低く垂れ込めているためかすっかり暗くなり、気温も下がってきました。これからレンタカーで、約80キロ先の太平洋岸にある「晩成温泉」を目指します。
直別までは、昼に自転車で走ったのと同じ道。同じルートを、自転車、鉄道、自動車で、1日に3回走るわけで、やむを得ないとはいえ非効率なスケジュールなのです。
直別の先は海沿いに出ず、国道38号線を直進して内陸へ向かい、昔ながらの木造駅舎が愛好家に知られている上厚内駅を訪問しました。

▲ 今はなき上厚内駅

※ その後、上厚内駅は、残念ながら廃止されてしまいました。
▼ 上厚内駅廃止・解体を報じる十勝毎日新聞

◆ 晩成温泉の夜

人家の少ない真っ暗な道を走り続け、18時近くに、大樹町の海岸にある晩成温泉に到着しました。

▼ 晩成温泉HP

温泉施設のフロントで名前を告げ、素泊まり料金3千円也を支払って鍵を受け取ります。予約の電話を入れた際、2食付きも可能とのことでしたが、好きなものを選んで食べたいと思い素泊まりにしました。
宿泊施設は駐車場と道路を挟んだ反対側。「晩成の宿」と銘板が出ているが、正式名称は「学童農業研修センター」という町営施設です。

▲ 「学童農業研修センター」

ガラスケースに陳列された剥製たちに凝視されながら2階に上がります。部屋は清潔な和室でした。
町営施設ゆえに簡素な印象ではあるけれど、宿泊に必要なものは全て整い、居心地は悪くありません。

温泉施設の営業は19時半まで、ということなので、激しい雨の中傘をさして、向かいの建物へ戻りました。ここは非常に珍しいヨード泉という泉質で、薄めたヨードチンキの中につかるような感じ。舐めてみると塩っぱい。大変よく温まるお湯でした。
併設の食堂で、大樹町のご当地グルメという「サーモンチーズ丼」を戴きました。サーモンとチーズの天丼、ということで、高脂血症患者が食うべきものではないのですが、こういう地元の美味しいものを食べ歩かなければ何のための北海道一周か、生命は使い切らなきゃもったいない、というくらいの気持ちになっております。

▲ 晩成温泉のポスター
▲ サーモンチーズ丼

無料サービスのおむすびとインスタント味噌汁を頂いて部屋に戻りました。宿泊者は私の他、初老の男性もう一人のみでした。
全身に湿布薬を貼り付けた後、温風ヒーターのスイッチを入れ、「イザベラ・バードの日本紀行」(時岡敬子訳、講談社学術文庫)を紐解きました。函館を出発して噴火湾沿いを進み、日高の平取に至ったイザベラ・バードは、19世紀のアイヌの風俗を平易な文章で、しかし生き生きと描写しており、大変に興味深く読み進みました。
就寝前に窓を開けてみました。雨は止んだ様子。湿り気を帯びた冷えた大気が頬を刺しました。

【第15日目 走行記録】 厚内トンネルから厚内駅までの復路を含む
走行距離 46.1Km
走行時間 2時間26分
平均時速 18.9Km/h 最高39.5Km/h
獲得標高 491m
消費カロリー 915Kcal

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15日目は以上です。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
十勝の海辺の夜は更けてゆき、その先には素晴らしい十勝晴れの朝が待っていました。よろしければ続きもご笑覧下さい。

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