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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【51】17日目 新吉野駅〜えりも① 2017年6月10日

「現金なものだが、北海道というところが、幸せのすべてが詰まっている場所のように思えた。人生を知るカモメがいて、逞しい若者たちがいて、そしてタラバ蟹は湯気を立てている。
ああまた行きたい。すぐにでもまた行きたいと思う。」

吉田修一「空の冒険」より

鹿児島へ向かうANAの機中で、機内誌に掲載されていたこのエッセイを読んで、不覚にも、共感で目頭が熱くなってしまいました。
昨年の晩秋のライドから半年。5月中旬になったら「週末北海道一周」再開と思っていたが、仕事の区切りがつかなくて、というだけじゃなく、大型連休は友人とタイへダイビングに行ったり、所用で沖縄へ行ったついでに十数年ぶりで石垣島へ足を延ばして潜ったりしていたせいもあり、結局は6月にずれ込んでしまいました。
要するに、単なる遊び過ぎのせいなのだけど、それはそれとして、北海道への想いは募るばかりです。
すでに日高山脈の残雪も消え、十勝平野は力強い緑に覆われていることでしょう。

そして、2017年6月10日、朝8時。
十勝川河口に近い根室本線新吉野駅から、2017年の「週末北海道一周」を、ようやくスタートの運びとなりました。

◆ 強行軍のアプローチ

残念ながら今週末は、天気予報は芳しくありません。今日は昼前から強い雨が降るとのこと。
関東から安価なパックを利用して渡道を企てると、早めの手配が肝要である上、日程変更は効かないし、間際のキャンセルは取り消し料が高額。天気が悪そうだから来週に順延、とはいかず、雨にも風にも負けない強い心を持って、スマホの決済ボタンを押さねばならないのであります。
今はまだ東の空に、微かに青空が覗いているのが不幸中の幸い。
降り出す前に、行けるところまで行って、あとは我慢のライドしかありません。

パッとしない天気に加え、ここまでのアプローチも強行軍でした。
一昨日の朝、出張で鹿児島へ発つ前に、羽田空港のコインロッカーに輪行中の服を入れたバックパックを預けて出発。現地で会議、その後は当然ながら酒席が用意されており、天文館で梯子。
翌日は朝から宮崎へ移動して仕事、夕方の便で羽田空港へ。
到着後、コインロッカーに預けてあった輪行用の出立ちに着替え、代わりにスーツと出張の荷物をコインロッカーへ。
帯広行きのフライトはもうないので、新千歳空港へ飛び、21時半過ぎに南千歳駅を出る帯広行き最終の特急「スーパーとかち」で帯広入り。駅前のホテルへ予めサイクリングヤマト便で送ってあったロードバイクを受け取って、ベッドに横になったのは午前1時近くでした。
そして、今朝は始発列車に乗るために5時起き。
強行軍の影響で寝不足であるばかりでなく、先月引いた風邪が抜け切らず、咳が止まらないのも嫌らしい。
新緑と鳥たちの合唱に包まれて気力体力漲った爽やかな旅立ちは、なかなか訪れないものであります。

◆ 怪しげな天気/無人のナウマン国道

新吉野駅は、典型的な開拓地の無人駅という感じ。だだっ広く短い駅前通りがあり、突き当たりには国道が延び、農地が広がっています。駅前通りの両側には、数軒の商店や民家。しかし商店は全て店じまいしてしまったよう。唯一の自販機も空っぽ。

▲ 殺風景な新吉野駅

走り出すと、海から強目の風がぶつかって来ました。
国道傍の自販機で水を調達し、牧草地の中を海岸線へと向かいます。
空気がひんやりとしています。気温は10度前後でしょうか。時々、微かな日光が差すと暖かさを覚えますが、まだまだ関東の3月下旬から4月上旬の感じ。私の出で立ちも、長袖ジャージーの上にウィンドブレーカー、下も踝までのロングタイツ。関東の春先の格好です。

駅前の国道38号線に出ると「広尾 71KM」の標識が現れました。
今日の行程では、広尾が概ね中間地点になります。休憩時間も入れて、だいたい3時間半といった感じでしょうか。
本当は、海岸の湖沼群、大樹の航空宇宙実験場など、寄り道しながら、もっとゆっくり走りたいのだけど、天候が悪化する前に行けるところまで行かねばならなりません。

広々とした農地の中を9キロほど走ると、国道336号線に行き当たり、右折して間もなく十勝川河口橋が姿を現しました。去年の秋は枯れ木と茶色のヨシばかりが目についた河口の砂州は、今日は濃い緑に覆われています。しかし、陽が射していないので、みどりが随分と重たく見えます。

▲ 十勝川河口橋

橋を渡って、去年の秋に行った河口の大津漁港と長節湖を経由して走ろうと思っていたがパス。今日は寄り道は我慢。

この先約40キロのところにある歴舟川あたりまでは、昨秋、レンタカーで行き来しており、特に晩成温泉への道を分ける生花地区までは朝・昼・夜と3回も走りました。沿線の様子もある程度わかっており、いまひとつ気合が入りません。
地図を見ると、十勝平野の南部は緑一色に塗られ、一面の平原であるかのような印象を受けます。しかし、実際は起伏の連続する丘陵地帯です。
しかも、冬の冷え込みが厳しいためか、アスファルト舗装の継ぎ目の部分に、路面を切れ目なく横断する(つまり、路側帯などへの逃げ場がない)ギャップが多数。
一年ほど前、豊頃から帯広空港まで走った時は、起伏と振動にノックアウトされ、わずか60キロ足らずの距離にも関わらず、センチュリー・ライドをやったかのような疲労感に襲われたものでした。

▲ 路面のクラックが連続するナウマン国道

この国道336号線、通称「ナウマン国道」は、樹林に覆われた丘陵と、時折現れる湿地帯の中を行きます。この辺りはエゾマツ、トドマツなどの針葉樹ばかりではなく、樹相が豊かです。
去年の晩秋に来た時は、わずかに残る紅葉と、午後の日差し、束の間羽根を休める白鳥の群れ、全てが愛おしく感じられてなりませんでした。そして、次は新緑のナウマン国道を駆け抜けたい、と思ったものでした。
しかし、日高山脈の残雪を背景に淡い新緑の美しい5月後半は、残念ながら公私ともにバタバタとしており、渡道は叶いませんでした。そして6月に入った今日、木々の緑はモリモリと元気すぎ、陽光も雲の向こうに隠れてしまっており、要するに、北の大地に今あることに至福を覚えながら駆け抜ける、といういつもの感じではないのであります。
ただ、今日のように海風の強い日は、森が風を遮ってくれるのはありがたい。
序盤戦は体力をセーブしながら進めそうです。

▲ こんな道が続いていきます

◆ 酪農地帯を南へ

時折、農場が現れます。この辺りは酪農が中心。前回宿泊した晩成温泉の周辺にも大規模な農場がありました。一方で、離農した農家のサイロなどが叢で廃墟と化しているのも目につきます。

この旅の数ヶ月前、本多勝一氏のルポ「北海道探検記」を読み返してみました。もう60年ほども前、北海道各地に暮らす人々を取材した作品で、この十勝平野に入植した開拓民の話も出てきました。入植者の中でも、最初から一定の資本を持っていた人々はそこそこの成功を収めることが出来たが、身一つで入植した人達は大変な苦労をしたそう。春になって、雌牛が生まれれば先々稼いでくれますが、雄牛だと食肉用として売るしかないという、投機的な要素も付いて回ったとのこと。手っ取り早く現金収入を得るために、国有林で盗伐し、炭焼きで生計を立てる人も珍しくはなかったそうで、盗伐で逮捕された開拓者の妻が厳しい暮らしぶりを訴える嘆願書にはやり切れなさが募りました。

沿線に商店などは全く見当たりません。迂闊なことに、慌ただしくここまで来たものだから、携行食もほとんど用意していないのであります。しかも、今朝は早出だったため、朝食もコンビニのサンドイッチだけ。エナジージェル程度はバッグに忍ばせていますが、こんなところでハンガーノックに襲われたりしないよう、祈るばかり。

新吉野から40Kmほどを坦々と走り続け、晩成温泉への道を左に分けると、樹林帯は途切れ、湿地帯の中を走るようになります。昨秋来た時は、早朝にレンタカーでこの辺りを走りました。雨上がりの朝の清涼な大気が実に清々しかったものです。
しかし今日は、風除けの木々がないために、強い横風を煩わしく感じながらのライドとなりました。
湿地帯を抜けると、今度は航空宇宙実験場への道を左に分けます。天候さえ良ければ寄ってみたいところでした。

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ここまでお読み頂き、ありがとうございました。この先、刻一刻と悪化する天候の中を、襟裳岬へと南下を続けます。
この記録は、50代前半の中年が、2015年から2020年にかけて、週末や有給休暇をやりくりしながら、ロードバイクに乗ってつぎはぎで北海道を一周した思い出をしたためています。その間には、転勤、怪我…他にも年相応のことが色々とありました。よろしければ続きもご笑覧ください。


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