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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【54】18日目 えりも〜静内① 2017年6月11日

寒冷前線にもみくちゃにされながら襟裳岬を周回した翌朝。
午前5時過ぎに、明るい朝日で目が覚めました。
まだ雲が多いものの、見下ろす海は穏やかに煌めいていました。

▲ 本日のルート

◆ 追憶に浸りながら…

朝食の後、午前7時半過ぎに、静かなえりも市街を走り出します。6月上旬の北海道では、まだ長袖ジャージーと踝までのタイツが必需品。朝方はさらにウィンドブレーカーが欲しいくらい。
明るく穏やかな朝の風景ですが、右手の日高山脈は、渦巻く雲の中に隠れています。きょうも不安定な天候は続きそう。

▲ 朝の海岸線を北上

今日は、静内まで走って打ち止めにしようと思っていました。えりも町から約80キロ、やや物足りない距離ではありますが、毎週月曜は早朝から会議。差し障りがない時刻に帰宅するには、新千歳空港18時発の便には間に合うように、旅程を組まねばなりません。
そこから逆算していくと、13時18分に静内を出る代行バスがリミット。
ただ、体調と天候次第では、さらに50キロほど先の鵡川まで走って、15時10分の苫小牧行き列車に乗れないだろうか、という色気も若干ありました。寄り道しないで一目散に駆ければ間にあいます。

高波の被害によって、日高本線の鵡川~様似間が運休となったのは2015年1月。私が札幌に赴任する直前でした。路盤や鉄橋の流出により、復旧には86億円を要するとのことで、2年半が経過した当時も、運転再開の見通しは立っていませんでした。

日高本線は、高校生の時、初めて北海道に来たその初日に、全線を乗り通し、襟裳岬へ向かった懐かしい路線です。茫洋、としか言葉の見つからない、何もない砂浜に沿って、非電化単線の細いレールがどこまでも延びていました。
ボックス席の向かいには20~30代の女性が座っていて、窓枠に缶コーヒーを置き、頬杖をついて、薄汚れた二重窓の向こうに広がる3月初旬の海を見ていました。白い肌と憂いを帯びた瞳に、思春期の高校生坊主は参ってしまい、それから35年も経ったというのに、今だにあの時間のことが鮮明に思い出されるのであります。その女性が、濃いグレーのオーバーの襟を合わせて降りていったのが、確か静内だったと記憶しています。

淡い追憶はともかく、何が言いたいかというと、日高本線はそんな感じで砂浜すれすれに敷設されており、海を眺めるにはいいけれど保線工事は大変だろうということであります。
経営不振に喘ぐJR北海道にすれば、多額のコストを掛けて、赤字のローカル線を復活させるなど、本音を言えば論外でしょう。日高路には学生時代の思い出も多く、鉄路を残して欲しい気持ちは山々なのだけど。

◆ 潮の香りの中を

さて、静内までは概ね平坦、と、昨夜の寿司屋の大将に聞いていました。
道は海岸線を辿っていきます。今朝も、この地域の特産品である昆布の香りに包まれたライド。胴付き長靴に身を固めた人たちが、ごろた石の海岸に昆布を広げています。昆布漁に携わる人たちも高齢化が進み、少子高齢化で先行きはどうなるのだろうか、と心配になります。聞くところでは、昆布漁の手伝いで日銭を稼ぎながら、夏の北海道を渡り歩く旅人もいるそうですが。
ちょうど干潮のようで、岩礁が幾つも顔を出していました。

やや斜め前からの風は、気になるほどではありません。気持ちの良い朝のライドです。
ここから様似までは、昨日の後半戦に引き続き、日高山脈が海岸線に迫っています。しかし、朝の海に煌めく陽光のお陰で、風景は随分と親しげに感じられます。
旭という集落の先で少し長いトンネルを抜けます。トンネルの上にはドーム状の岩壁が迫り出し、なかなかの迫力。

さらにその先では、ジオパークで知られるアポイ岳の稜線が、そのまま海に落ち込んでいます。まるで、巨大な岩塊が二つ三つ、山から押し出されて、行く手を遮っているかのよう。

振り向くと、南方は既に厚い雲に覆われ、視界は遮られていました。襟裳岬は今日も風雨の中にあるのかもしれません。


幸い、進行方向の雲は通り過ぎつつあり、青空が覗いています。
行く手を阻む岩塊をトンネルが貫いていますが、海岸線を辿る旧道もある様子。地図上、そちらには滝も記されており、迂回してみたいとも考えていましたが、いざ分岐点に着くと通行止めでした。Google earth で見ると、土砂崩れが発生しているようです。
長いトンネルを抜けると、海岸線を忠実に辿る、走りやすい道が続いていました。急すぎない適度なカーブが連続し、起伏もなく、路面状態もいい。
この春に新調したDura Ace のホイール、踏めば踏むほど加速してくれるようです。時速40キロ近いペースで駆けました。

◆ 南日高の町を抜け…

緩やかに湾曲した海岸線の先に、様似の町と、沖に突き出した岩峰のような特徴的な岩が見えてきました。
様似は、高校時代の初めての北海道旅行で日高本線からバスに乗り換えたのと、大学生の頃友人とのドライブで走り抜けたことがあるだけ。昨夜泊まったえりもよりは随分街らしい、といってはえりもに失礼かもしれぬが、ガランとした新開地といった風情ではなく、市街地の密度が濃くなった気がします。
大休止を取るのは、次の町である浦河を予定していましたが、もう2年半も列車の来ない日高本線の終着・様似駅には立ち寄ってみたいと思っていました。
町の外れに、錆びついたレールの終点があり、その先に、個人商店か何かと見間違いそうな、小ぢんまりした駅舎がありました。覗いて見ると、管理委託を受けているらしき女性が一人、駅舎を守っていました。

▲ 日高本線の終点

様似から浦河までは、小さな起伏を幾つか越えて一走り。
浦河はさすがに南日高の中心的な町で、国道に沿って綺麗に整備された中心街が延び、小規模ながらショッピングセンターもあります。電線が地中に埋設されているので、空が広く明るい印象の街並みです。

▲ 浦河市街

コンビニに立ち寄って、アンパンと水を補給。その後、町を一周してみました。
浦河には、日高地方では一軒だけの映画館が残っているというので、探してみたが場所がわかりませんでした。ここは以前、情報誌で目にしたことがあり、全48席と小規模ですが、椅子は旭川家具を使用するなどのこだわりがあるそう。

▼ 浦河の映画館「大黒座」

昨年秋の三連休に、白糠から苫小牧までのライドを計画した際、浦河に泊まってみたいと思い、2晩目の宿泊地に予定していました。
しかし、落車による肋骨骨折で、ライドそのものをキャンセルせざるを得ませんでした。そんなに頻繁に来られるところではないだけに、返す返すも悔やまれます。

浦河から先も、海岸線に沿った気持ち良いライドが続きました。
北国らしい蒼空が広がっています。

▲ どこまでも続く海岸の道

今日の風景は、明らかに昨日までと違います。
道北、道東の道は、原野、森林など自然の中や、大規模な農地の中を駆ける道で、15~20キロおきに集落が現れる、という程でした。それが、人家の途切れる間隔が明らかに短くなり、通りを歩く人影も増え、人の気配が濃厚になりました。
十勝から日高へ、道東から道南へ入ったということでしょうか。自動車の通行量も増えています。
この先、少なくとも函館の先までは、昨日のように70Kmもの間、コンビニも自販機も見当たらないような区間はないだろうし、何かトラブルがあっても最寄りの人家は何キロ先か見当もつかぬ、なんてこともないだしょう。そういう意味での安心感はあります。
しかし同時に、自然の中というより、人の営みの中を走ることになるわけでもあります。サロベツ原野、尾岱沼、根室半島、尻羽岬、昆布刈石など、広大な風景を独り占めしていた時間が懐かしく思い出しながら、日高の海岸線を北へと向かいました。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。引き続き、サラブレッド街道を静内へ向かって北上して行きます。
この記録は、2015年から2020年にかけて、週末や有給休暇をやりくりしながら、ロードバイクに乗ってつぎはぎで北海道を一周した思い出をしたためています。その間には、転勤、怪我…他にも年相応のことが色々とありました。よろしければ続きもご笑覧ください。


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