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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【29】11日目 尾岱沼〜納沙布岬〜根室② 2015年10月17日

秋晴れの空の下、懐かしい名曲をBGMに、紅葉に染まる根釧原野を走る週末。
その途上、旧国鉄標津線の奥行臼駅が残っていると知り、少し寄り道しています。

◆ 旧・奥行臼駅

奥行臼駅の旧駅舎は、駅逓の少し先にポツリと建っていました。昭和8年に開業した時のままなのだろう、と思われる木造の建物です。

▲ 風雪に耐えてきた駅舎

後になって、別海村営鉄道という軽便鉄道の起点駅も近くにあったことを知りました。その機関車などが残されている場所もあったようで、事前に知っていればと残念に思います。

▼ 別海村営鉄道 奥行臼停留所跡

奥行臼駅の風雪に洗われた灰色の板壁、木製の窓枠という風情は、駅逓所と似通っていますが、造作が小さいためか、間もなく倒壊してしまいそうに見えます。

ホームと駅名標も、さらにはレールも、そのまま残されていました。しかし扉は締め切られ、駅名標は錆びて傾き、差掛け屋根の柱は根本が朽ちかけています。

▲ 閉ざされた人気のない駅舎
▲ 傾いた駅名標
▲ 傾いた電柱、錆びたレール

別海町の文化財に指定されているそうですが、ここも平成30年まで内部見学不可の貼り紙あり。駅逓所に常駐の管理人がこの駅舎も担当していたが、駅逓所の修繕工事に伴って常駐管理人を置かないことになったため、と記されています。

行政は、この駅をどうするつもりなのでしょうか。

ここまでの道程で訪れた幾つかの廃駅は、新たな役割が与えられ、今でも地域コミュニティの中心として、人の集まる場となっていました。中湧別は道の駅に、計呂地は簡易宿泊施設に、卯原内は喫茶店とSL公園に。
それに比べ、この駅はもの寂しすぎました。

往時の記憶を後世に残そうという想いはわかるのだけれど、生命の気配もない駅舎、傾いだ駅名標、錆びたレール… それらは、二度とここを列車が走ることはないという事実を語っているにすぎませんでした。

雲ひとつない青空と、ぽかぽかの陽気とは裏腹に、何やら感傷的な気分になってしまいました。

◆ 新酪農村地域を往く

奥行臼を出ると、しばし工事区間が続き、仮道を走ります。根雪になる前に予算を実行しておこう、ということのようで、10月になってから、行く先々で、そこかしこで、道路工事が始まっています。

このまままっすぐ進むと旧標津線の分岐駅だった厚床に着き、あとは釧路と根室を結ぶ国道44号線で東へ一目散、ということになります。
しかしそれでは味気ないので、その数キロ手前で国道243号を逸れ、「新酪農道」と地図に記された道を走ることにしました。
名称から察するに、1970年代前半に着手された新酪農村事業のエリアでしょうか。

道の両側には、大規模な農場が広がっています。前方の坂を、肥料を積んでいるのだろうか、タンクローリーが喘ぎながら登って行きます。

数分後、自分もその坂をヘタレながら登って行きます。まだ50Kmにも満たない走行距離、根室までの半分といったところで、その先さらに納沙布岬への往復を計画しているのだから、バテている場合じゃないのですが、しんどいものはしんどい。

坂の上からは、大規模酪農地帯の風景が、ぐるりと見渡せました。緩やかに波打つ丘陵が、地平線まで続いています。

▲ 地平まで遮るもののない牧草地の風景
▲ 一直線の道

パイロットファーム事業や新酪農村事業は、世界銀行の融資や道開発局などの行政主導のもと、機械を用いた大規模な開墾が行われたそうだが、それにしても、この地の酪農をここまでに発展させるまで労苦はいかばかりだったでしょう。

北海道の冬は、内地の冬とは異質の冬 ー 例えるなら、タイでいう「冬」は日本人の「初夏」くらいの感覚であるのに近しい、本質的な気候風土の違い ー です。
特に道東では、6月になってもストーブの必要な日があるといいます。

倍賞千恵子主演の映画「家族」(昭和45年)は、閉山により職を失った長崎の炭鉱夫一家が、高度成長期の列島を縦断し、根釧原野に入植するまでを描いた物語です。
道中、乳飲み子を病気で亡くし、まだ雪に埋もれた四月の原野にようやく到着した後も、一家には不幸が襲い掛かります。
「俺はアホだった。どうして、こげんキツか思いばかり…」と咽び泣く夫に、倍賞千恵子演じる妻が語りかけるシーンは、この作品に関わった全ての方々の想いを語り尽くしていると感じ取れます。

今日、良太さん言うとったよ。6月になったら春が来て、春になっとね、見渡す限り緑になって、花がいっぱい咲いて、牛がモリモリ草を食べて、乳ばどんどん出すようになるって。

そん時になると、住んどる人間も光っとるよな、この広か土地と一緒に光っとるよな気がして、そん時は誰でも、ああ、今年こそは何か良か事がありそうだなって、そう思うって。

ねえ父ちゃん、そん時ば楽しみにせねば、ね。6月まで、あと2月やけんね。あと2月…

山田洋次監督「家族」より

太平洋の霧に包まれることも多い根釧原野は、ミネラルに富んだ良質な牧草が育つといいます。多くの開拓者一家の汗と涙を吸い込んだこの地は、今や高級アイスクリームの代表的な生産地であり、明治、森永など主要乳業メーカーが一次加工のための工場を置いています。

伸びやかな秋の風景を眺めているうちに、昨日、中標津への機内でも尾岱沼の星空の下でも聴いた、ヨーグ・ライター・トリオの "Someday My Prince Will Come " をまた聴きたくなり、iPhoneのスピーカーで鳴らしながら走ることにしました。

この曲は、都会で酒と煙草を友に聴くよりも、今日のような柔らかな陽光とか、昨夜のような満天の星空の下などで、ふうっと全身を包まれるように身を委ねるのが似合います。

丘の上から下って行くと、ブレーキが片効きになっているらしき振動がします。嫌らしいので、昼食休憩の時にでも調整すること。

道は丘陵地を、緩やかにアップダウンを繰り返しながら、時には一直線に、時には大きな弧を描きながら、緑の大地と蒼空の接するところへ向かってゆきます。風の強い日だったなら、遮るものが少ないので少々難儀かもしれませんが、今日は微風が頬を撫でてゆくのみ。iPhoneから流れる太陽の欠片が踊るようなサウンドも相俟って、心地よい道程となりました。

この先、根室から納沙布岬への最後の行程では、どんな音楽と共に走るのが良いだろう。実際に鳴らすか、脳内で鳴らすかは別として。マイケル=ガッテルの " The Journey North" か、村松晶三のフルートによる「歌の翼に」か、はたまた松山千春…

◆ 国道44号線を根室へ

釧路と根室を結ぶ大動脈、国道44号線に合流すると、交通量がてきめんに増えました。

乗用車だけでなく、大型トラックも次々私を追い抜いて行きます。道東は比較的積雪が少なく「雪投げ場」を必要としないためでしょうか、路肩もあまり広くないので、窮屈な感じが否めません。

路面には「シカ注意」と大きく記されています。注意、と言われても、人間と違い予測不能な場面で飛び出してくるのだから困るのだけれど。そして、シカの侵入を防止するための有刺鉄線が道の両脇に設置されているのも、やむを得ないのだろうけれど、興を削がれます。

▲ 鹿避けネットが続く
▲ 注意、と言われても…

ともかくも、引き続き緩やかな起伏が続き、大型車に煽られるようにペースも若干上がります。

そんな中、別当賀川が風蓮湖に注ぐところに、葦の原が広がっていました。夏の麦畑のような眺め。川は紅葉した森から、ゆったりと流れ出していました。

▲ 別当賀の葦原

風蓮湖の南岸にある「道の駅 スワン44ねむろ」で昼食をとることにしました。湖に向かって大きな開口部のある、現代的な建築です。

▼ 道の駅 スワン44ねむろ

風蓮湖はラムサール条約にも指定されているバード・サンクチュアリーであり、この道の駅は、その探索拠点の一つという役割も担っているよう。この先にある、風蓮湖を海から隔てる砂州・春国岱には野鳥公園も設けられているとのことです。

▲ 道の駅からの風連湖の眺望

食事の前に、嫌な振動がした後輪のブレーキを点検。
片効きや、ワイヤーの弛みは見られず。まあ、大丈夫でしょう。

レストランの窓に面した席はすべて団体に予約されており、やや奥まった席に着きました。しかしまだ11時半ということで、その団体様たちの姿はなく、がら空きのテーブル越しに風蓮湖南岸の風景を眺めつつ、食事を楽しみました。

この季節の根室といえば何はさておきサンマですが、それは夜のお楽しみにとっておき、根室のソウルフードと言われるエスカロップを注文。バターライスの上にカツを乗せ、デミグラスソースをかけたもので、私のごとき高脂血症持ちは、こんなロングライドの日でもなければ絶対に忌避すべき食べ物であります。

▲ エスカロップ

昼食休憩を終え、根室半島の付け根にある温根沼の湖口を渡りました。
素晴らしい秋晴れの日なのだけど、日の短い季節、しかもこれだけ東に来ると一段と日没が早いのが残念。そうでなければ、春国岱の砂州に分け入ったり、この温根沼の湖畔を散策したりする時間のゆとりもあるのですが。

右手には半島の脊梁部をなす丘陵、左には根室湾を眺めながら、国道は緩いアップダウンを繰り返し、直線的に伸びていきます。

「穂香」と書いて「ほにおい」と読ませる地名があります。
いくらなんでも、ちょっと捻りを利かせ過ぎではないか、と思う。

▲ ほにおい

やがて、前方の丘の上に、ついに根室の街が見えました。

※ 次は、根室市街から納沙布岬へ。本土最東端のライドは思い出に残る行程でしたが、ちょっとしたトラブルにも見舞われました。



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