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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【58】19日目 静内〜苫小牧③ 2017年7月29日

週末や有休を利用して、50代のサラリーマンが、ロードバイクで北海道一周した記録。今回は、真夏の日高を走っています。少し寄り道して内陸へ入り込み、やって来たニ風谷は別天地でした。

◆ ニ風谷の午後

遠目にはリゾートホテルか何かに見える二風谷ダムを横目に、「ユーカラのふる里 二風谷」の巨大な看板が立つアイヌ文化博物館に着きました。もう18年ほども前の夏休み、夜道を日勝峠へ向かう途中、この看板を見かけた記憶があります。
この辺りは、阿寒湖畔のアイヌコタンのように土産物屋が軒を連ねているものと思ったがさにあらず、ごく普通の田舎のロードサイドにだだっ広い駐車場があって、復元されたアイヌ民族の住居が点在していました。

夏休み中なのに、アイヌ文化博物館は随分と静かでした。
「ストロボ焚かなければ、写真撮って構いませんから」という愛想の良い職員の言葉に甘え、様々な生活用品や、アイヌ語で「イタ」というアイヌ紋様を彫り込んだお盆などの写真をiPhoneに収めました。

続いて、近くにある萱野茂民族資料館を訪問。こちらの客は私一人でした。

昨年初冬に十勝を走った際、「イザベラ=バードの日本紀行(時岡敬子訳 講談社学術文庫)」を荷物に入れていき、太平洋に面した一軒宿で読み耽りました。1878年8月、バードは函館を発って噴火湾を船で渡り、室蘭から騎馬と徒歩で海岸線を旅して、平取にあるアイヌ部落に3日間滞在しました。この部落というのは二風谷のことかと思っていましたが、もっと南の義経神社に近い場所だったよう。
「端正な未開人」と、バードはアイヌ民族を評しています。その体格の逞しさ、礼儀正しさ、親切さに繰り返し言及し、「樹皮で織った布は耐久性があって美しく、自然の色合いも様々で…『パナマ=キャンバス』とどこか似て」おり、また晴れ着は「『ギリシャ雷文』にも登場する『幾何学模様』で装飾してあり…最も素晴らしい衣装の中には作るのに半年かかるものもあります」と綴っています。ただ、これら樹皮の布や筵などがアイヌの手工業製品の全てだとか、また食べ物は「『いやなものばかり』を煮込んだシチュー」が一般的だとかいった記述も散見され、アイヌへの共感を覚えながらも文化的には多様でも高度でもないと感じていたようにも窺われます。
確かに、アイヌの日用品とか装飾品といったものは、質素かつ素朴なもので、私たちが観賞して楽しむものとは違うような気がしました。
因みに、バードが「いやななものばかりを煮込んだシチュー」と述べているものは、干し魚、海藻、根菜などの煮物らしく、身体には良さそうに思えます。ナメクジなども入っていたようだけれど。

後ろ髪引かれる思いで別天地のような二風谷を後にして、義経神社を経由して平取町内へ向かう行程につきました。海からの風が強くなっていました。
2時間近くも二風谷で過ごし、疲れは感じないが、下り基調なのにペースが上がらないのがもどかしい。

平取についてバードは、次のように記しています。

この辺りで最も大きいアイヌの開拓集落である平取は、森と山の間の非常に美しいところにあり、高台になっていて、その下にはひどく蛇行する川が流れ、また上には林に覆われた山があります。これほど孤立した場所はそうありません。

イザベラ=バード 前掲書

その記載通り、この辺りは沙流川が谷を穿ち、高台に市街地が身を寄せ合っています。
義経神社は、市街地の北の外れにありました。バードの旅行記には、僅かにのこる階段の助けを借りて急坂を苦労して上り、そして頂からの美しい眺めに感嘆する様が描かれていました。
そんな記述が記憶にあったので、駐車場でサイクルシューズを携帯用のランニングシューズに履き替え、長い石段を登ります。ここは馬の神様として知られているようで、「愛馬息災 危難防除 先勝」と墨書された幟が、参道の両脇に並んでいました。

◆ 向かい風の中を鵡川へ

ひっそりとした平取町内を抜け、隣の鵡川の谷へ向けて、丘陵を越えて行きます。ゴルフ場を横目にゆったりと上り、小さな沢に沿って下ります。凍結防止の溝が縦横に切られていました。私は、ロングライドではいつも太めのタイヤを履いていますが、それでも神経をつかいます。23cくらいのタイヤだと嵌ってしまうのではないか、と心配。
下り切って、鵡川に沿って海岸線へ向かいました。この道は国道237号のバイパスとして活用されているらしく、時折、大型車が追い抜いて行きます。普段なら煩わしいばかりですが、この時ばかりは、はやく次のトレーラーが来てくれないだろうか、と思いながら踏み続けました。
向かい風が、とにかくキツイのです。
フロントギヤをインナーに落とさないと踏めない、というほどではないが、下ハン持ちっぱなし、我慢のライド。
こういう時、大型車が追い抜いてくれると、スリップストリームで少しの間引っ張って貰えます。逆説的に述べるなら、こういう強い向かい風の日は、吹きっ晒しかつ交通量の少ない道、というのが最も辛いのであります。
鵡川への道は、堤防と牧草地に縁取られた視界の開けた道で、海風が何物にも遮られずに吹き付けて来ました。

しかも、信号待ちで左足を着いた際、足裏に嫌らしい感覚を覚えました。
見ると、案の定、ビンディングのクリートカバーがなくなっています。
このバイクのペダルは、スピードプレイを装着しています。このペダルの利点についてはあちこちに書かれているので省略するけど、一方で信号待ちで地面に着くことの多い左足のクリートカバーが破損しやすく、若干気になっていました。クリートカバーなしで歩いたりしたら、たちまちビンディングを破損してしまうし、第一滑って危険極まりない。
歩きも多いツーリングの時は、SPDペダルに交換して乗ればいいのでしょうが、以前一日おきに履き替えながら乗ってみた印象として、スピードプレイの方がロングライド時の体への負担が小さい気がしています。
ライドを続けられないような致命傷ではないけれど、この先、トイレ、コンビニでの補給など、いちいち携帯用のランニングシューズに穿き替えねばなりません。

この日のライドで最も辛い15kmほどの向かい風区間が終わり、道は国道235号線に合流して、鵡川の河口をトラス橋で渡り、鵡川の市街地に入りました。
鵡川には6月にも昨日も、鉄道から代行バスへの乗換えで駅に立ち寄っている。2年前にも仕事でちょっと来たことがあり、国道沿いに温泉を併設した道の駅があることも知っていました。
バス停のベンチに腰を下ろしてシューズを穿き替え、一回り。
一風呂浴びるにはまだ早いし、だいいち今日は暑すぎるので、地場産「シシャモ醤油アイス」を賞味。ネーミングは分かりやすくも微妙な感じですが、味はシシャモ醤油の塩分がクリームの甘味を引き立てており、悪くありません。

▲ 醤油感満載なパッケージ

◆ 夕暮れの勇払原野

本日宿泊予定の苫小牧駅前までは、あと35kmほど。勇払原野と苫東工業地帯をひたすら駆けるだけの区間です。
ここは車で走ったこともあり、原野の中に火力発電所やコンテナヤードが間隔をおいて現れる風景もわかっています。未知の風景と出会う楽しみには欠けるものの、よく晴れた午後でもあります。19時過ぎまで明るい季節、しかもずっと平坦なので、クールダウンを兼ねてのんびり行くことに。
まず、海岸沿いに国道235号線をしばらく走り、浜厚真から左に分かれます。この辺、荒涼とした原野ですが、実は厚真町は移住先として人気が高いらしい。太平洋に面する長いビーチがサーファーの人気を集め、苫小牧や札幌などへも近く、海産物、農産物の両方に恵まれているのです。学校給食が美味しいので先生方が他所への転勤を嫌がる、なんて雑誌の記事を目にしたこともあります。

▲ 勇払原野を走る


新日本海フェリーのターミナルが現れました。私の学生時代は、新日本海フェリーといえば貧乏学生の帰省の足で、小樽の勝納埠頭から乗船するものでしたが、それはもう30年も前の話。1999年頃に苫小牧東港発着の航路が開設され、秋田、新潟、敦賀、舞鶴とをむすんでいます。今でも小樽と新潟、敦賀を結ぶ航路は健在ですが、道東の農産物を西日本へ届ける物流ルートとしては、苫小牧発着の優位性があるのでしょう。
もうだいぶ西に傾いた夏の日を浴びて、秋田へ向かうフェリーのシルエットが鎮座していました。

▲ 秋田行きフェリー

ここにはとても心惹かれたのでもう一度訪れるつもりですが、正直に言えば、ここにあるものよりここにないものに心惹かれたのです…ここより寂しくて侘しい地はありそうに思えないほど、あらゆるものの果てといった感じのところです。

前掲『イザベラ=バードの日本紀行』 

函館から室蘭・苫小牧を経て勇払に至ったバードの記述です。日高から胆振にかけての海岸線の風景は、今でも彼女の表現が当てはまるように思われます。

夏の夕日に包まれて勇払原野を気持ちよく駆け抜け、18時半過ぎに苫小牧駅前のホテルに着きました。全国チェーンのビジネスホテルなのだけど、観光シーズンの最盛期であることに加え、明日は勇払でトライアスロンの大会があるためにホテルが混み合っており、一泊朝食付きで1万5千円ほどもしました。
大浴場で一風呂浴びたあと、若いフロントマンに一杯飲める店を尋ねました。教えて貰ったホテル近くの店は、料理のボリューム感があり愛想もよく、決して悪くはないけれど、どちらかというとグループ向きで、カウンター越しに会話を楽しみながら呑める雰囲気ではありませんでした。また、お気に入りの地酒「まる田」を見つけて調子に乗り、岩牡蠣なども発注して暴飲暴食に走ってしまい、お会計は6千円を超してしまいました。ホテル代と合わせ2万円以上。高くついた苫小牧の夜でありました。

(走行記録)
走行距離  149.7km
走行時間  5時間58分
平均速度  25.1km/h  最高速度56.2km/h
消費カロリー  3096kcal

        ◾️ ◾️ ◾️

第19日目は以上です。最後までお読み頂き、ありがとうございました。
翌日は西へ。室蘭を目指します。

▼「週末北海道一周」のここまでの記録はこちらです。よろしければご笑覧ください。

私は、2020年に勤務先を早期退職した後、関東から京都へ地方移住(?)しました。noteでは、ロードバイクで北海道一周した記録や、もう一つの趣味であるスキューバダイビング旅行の記録、そのほかの自転車旅や海外旅行の記録などを綴っています。宜しければこちらもご覧頂ければ幸いです。




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