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北国の空の下 ー 週末利用、自転車で北海道一周【36】13日目 初田牛〜厚岸① 2016年5月5日

2016年5月5日、 朝7時13分。根室本線・初田牛駅。
道東に再び春が訪れ、「週末北海道一周」の轍を刻み始める日。

5月とはいえ根釧原野の陽射しはまだ弱々しい。しかし木々にはようやく新緑が芽吹き始めており、小さな無人駅を取り巻く森の何処からか聞こえる鳥のさえずりに耳を澄ませながら、輪行バッグを開けて自転車を組み、旅装を整え…

長い冬の間、新たな出発はこんな感じになるだろうか、と想像していました。

然るに、ディーゼル車単行の根室行き始発列車から降り立った私は、たちまちプレハブの待合室に逃げ込む羽目になりました。

昨日の激しい雨は上がったものの、森は低く垂れ込めた灰色の靄に覆われ、南からは冷たく強い風が吹き荒れていました。体感気温は0度前後。

◆ 異常気象

「今年の天気、何かおかしいんですよね」

前夜、釧路で入った居酒屋の大将が話していました。連休の中日のこととて、サラリーマン相手の店は閑散としており、カウンターには私一人しか腰掛けていません。所在ないことになりそうだったので早々に引揚げようと最初は思いましたが、一見強面だが陽気な大将と話が弾み、東京ではもちろん現地でも伝がなければなかなか入手できない「北の勝 しぼりたて」が出てきて、仙鳳趾産の生牡蠣と共に堪能し、すっかり腰を落ち着けてしまいました。因みに、仙鳳趾は「せんぽうし」と読みます。厚岸湾に面した漁村とのこと。

その日一日中、釧路は濃霧に包まれ、さらに強い雨と風速15メートルの強風に晒されていました。ただでさえ空き家が目立つ中心市街地は陰鬱な灰色に染められ、ホテルで借りたビニール傘は風でめちゃめちゃに折れ、冷たい雨に濡れて惨めな思いが募ります。
何とも冴えない休暇初日でした。

▲ 強い風雨と濃霧の幣舞橋

大将によれば、今年は気温がなかなか上がらないし、風も強い。「温暖化のせいかねえ?毎年、おかしくなっている気がするよ」といいます。自転車旅行には有難くないことばかり。

札幌から東京へ帰任になってしまい、それでも北海道一周はやり遂げようと、休みをやりくりし飛行機代を払ってやって来たのに、天候不順で走れない、というのでは、誠にやりきれません。

今回も本当は、
 >> 5月4日  羽田→釧路空港→釧路駅→初田牛→厚岸までライド
   >> 5月5日  厚岸から釧路までライド  さらに白糠あたりまで距離を稼ぎ、輪行で釧路へ戻る
   >> 5月6日  予備日 できたら十勝川河口まで走り、釧路へ輪行で戻る
   >>5月7日  前日までの行程次第。ベストケースは、十勝川河口から広尾あたりまで走り、バス輪行で帯広空港。前日までに停滞日が発生していたなら白糠〜十勝川河口〜帯広空港まで自走
…という、それなりに壮大な計画を立てていました。

それなのに、初日は釧路で停滞することになってしまい、早くも予備日を費やしてしまうことに。
札幌に住んでいれば、ギリギリまで天気予報を睨んで判断できるのに、東京からだと最低3連休は確保しなければなりませんし、早目に手配しないと安いパックも予約できません。

とは言え、相手は大自然と地球規模の気候変動であり、ぼやいたところで何ともならないのであります。

◆ 防霧林を抜け海へ

さて、前夜のお店で「北の勝 しぼりたて」に加え、調子に乗って「北の勝 大海」の小瓶を開けてしまったので、朝になってもまだスッキリしない頭と身体でノロノロと、初田牛駅の無人の待合室で、購入したばかりのSpecialized ルーベを組みたてます。

▲ 今はなき初田牛駅と、Specialized Roubaix

強風のため、体感は0度前後といった感じ。
道東の5月は札幌の3月下旬~4月上旬並み、と想定して、それなりに防寒対策はしていました。

取り敢えず、ありったけ着込んで、走りながら調整することにします。
長袖アンダーに、長袖ジャージ。その上からダウンベストと、ゴアテックスのウィンドブレーカー。下半身は、裏側起毛のタイツの上から、デニムのクロップドパンツ。
冬用グローブも、さらにシューズカバーまでも準備してきました。これは指先・足先というより、手首・足首の保温が主たる目的。いわゆる「3つの首」を冷やさないことは、高血圧持ちの基本。

それでも、湿っぽい寒さと強風は、真冬の北海道の凛とした寒気と違い、肌に心地よいものではありません。
「フェイスマスクも持ってくるのだった」と後悔するほど。
早く走り出して、代謝を上げるに限ります。

今日の天気予報は、終日曇り。風は昨日程ではないが依然強風が続き、それも南から次第に西寄りに変化するという、本日のルートでは最悪の風向。
ただ、降水確率はゼロ。そして明日に向け、天候は徐々に回復に向かうのが救い。
僅かな希望的側面に目を向けて、午前8時、駅前の砂利道を走り出しました。
踏切を渡れば、去年根室市内から走って来た道道142号線。
右折して「週末北海道一周」の再開です。

▲ 風と霧の中の再出発

この辺りの森は「防霧林」、つまり農地を霧から守るために植林されたものだといいます。その森は灰色の靄に煙っていました。
まず、海岸線に向かって緩い下りからスタートしましたが、向かい風が強く、踏み込まないと前に進みません。
この先の道は、海岸線は素晴らしいが、アップダウンも厳しいよ、と、昨年秋に落石岬で出会った方に伺っていました。向かい風に起伏地とはシャレにならんが、これはまあ覚悟を決めて、体力を温存しながら進むしかありません。
ひとしきり下り、最初の上り坂が始まりました。幸い、急傾斜でも長くもない登りです。

海岸線に出ました。枯れ草に覆われた海岸台地、昨日の雨と霧に濡れた路面、灰色の靄。行手も後方も、霞んで視界が利きません。

▲ 濃霧の海岸線

 ところが、しばらく走ってふと気がつくと、路面にうっすらと、自分の影が落ちていました。
空を見上げると、灰色だった雲は若干薄くなり、その上からカーテンを通しているように薄日が差しています。
快晴無風の晴天までは望まない。せめて少し雲が切れ、青空が覗いてくれれば…

そして間もなく、青空が広がりました。
天佑。終日曇りの天気予報だったのに。

▲ 牧草地の上に広がった青空

◆ 霧多布への道

風は相変わらず強く、風力4クラスでしょうか。しかも、これから昼にかけて一層強くなるらしい。しかし、今や万物が色彩を帯び、生き生きとしています。
青空が覗くと、気持ちも前向きになるものです。
厚岸までは80Kmほどの距離だし、最悪の場合、霧多布から内陸にエスケープする手もあります。ゆっくり行けば良い。
横風は厳しく、スピードは出ませんが、左に海岸線、右手に沼地の広がる風景の中を、気持ち良く進んで行きます。

▲ 靄の中へ延びる北太平洋パノラマロード

北海道では、寒さのせいか、アスファルト路面のひび割れや小さな穴が多数あります。ロングライドではこれが結構なダメージとなり、ボディブローのように蓄積されて、概ね70Kmを過ぎたあたりから尾てい骨や腰まわり、太腿の付け根あたりに響いてきます。
そんな荒れた路面でこそ、ルーベCOMPは本領発揮してくれます。フレームとサドルが震動をしっかり吸収してくれ、他のバイクだとガシャン、ドスンというところを、コトリ、コトリと越えてゆきます。
まるでプジョーのサスペンションのようなしなやかさを感じます。

貰人という漁村から、道は険しい海岸線を避け、内陸に入ります。上り坂が始まるが、斜度は大したことはありません。Runtasuticの記録を見ると、最大でも1Kmあたり50m程度の上昇でした。
この風の中、体力を温存しながら走りたいので、ハンドルバーの上を持ち、ギヤはクルクル回せるところまで落として進みます。少し内陸に入った方が、森林が風を防いでくれる分、楽に進める気がします。

この辺の道がまた素晴らしい。去年の秋、風蓮湖の北岸や、別当賀のあたりで走ったような、森の中を一直線に伸びる道。木々の新芽はまだ芽吹いておらず、路傍にも蕗が目立つ程度ですが、もう数週間したら、まさに新緑の生垣の間を抜けていくような道になることでしょう。

▲ 春まだ浅き森の中を往く

内陸の丘陵から下ると、霧多布湿原に出ます。
ここからは吹きっ晒し。加えて、道は海岸線に沿って南へ弧を描き、強風にまともに正対する格好になりました。
風は真南から、徐々に西側に移動しているよう。
町が近くなったためか、自動車の数も増えてきました。

▲ 強風の霧多布原野

※ 引き続き、強風の霧多布岬、さらに日本離れした湿原地帯を、牡蠣の特産地・憧憬の厚岸へと駆けていきますが、強風に加え新たな障害が…
ここまでお読み頂きありがとうございました。続きもぜひご笑覧ください。

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