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ダゲスタンってなんだ?【MMAミリしらキット】

*この記事は執筆者の個人的な考えや推測が多く含んでおり、また格闘技関係者から直接話を聞いて執筆したというものではなくただの一格闘技オタクが書いたものであるため間違った情報が書かれている可能性があります。もし間違いやご指摘、誤字脱字があった場合はコメントなどで教えていただけると嬉しいです。
 またこの記事内で選手や格闘技関係者の敬称を省略している場合があります。予めご了承ください。


➀はじめに

現在MMAでは元UFCライト級王者のハビブ・ヌルマゴメドフ氏やBellatorバンタム級3位のマゴメド・マゴメドフ選手と言った沢山の強い選手を輩出している国家であるダゲスタン共和国が世界中から多くの注目を集めています。
しかし実際の所は「なんか髭もじゃのゴツくて組み技が強い選手が多い」という薄いイメージでしかダゲスタンを知らない人が大半だと思います。
そのためこの記事では多くの名格闘家を輩出している格闘技大国であるダゲスタン共和国の文化やその特徴などを書いていければと思います!



②ダゲスタン共和国とは

ダゲスタン共和国の首都マハチカラの景観

ダゲスタン共和国はロシア連邦を構成する国家の1つでありカスピ海東岸にある共和国でその大きさは九州と四国を足したくらいです。(約5万5千平方キロメートル)
人口は約260万人でだいたい京都府の人口と同じくらいです。国名のダゲスタンの由来はトルコ語の「山」を意味する”ダゲ”にペルシア語の地名を表す接尾語である”スタン”を合わせたもので「山岳地帯」を意味します。
また非常に多くの民族が暮らしている多民族国家でもあり15の民族で国家を形成しています。

赤い箇所がダゲスタン共和国。アゼルバイジャン、ジョージアなどの国と隣接している。面している海はカスピ海。

特徴はとても敬虔なイスラーム(イスラム教を信仰している人)がとても多い事です。その信仰形態はスンナ派が盛んですがスンナ派の極端な信仰で形成された勢力が両極ともいるというかなり激しい信仰を持っています。
また第二次チェチェン戦争では西隣のチェチェン共和国の武装組織の侵入に対して迎え撃ったことで戦争のきっかけになったり、2022年9月現在も行われているロシアのウクライナへの侵略行為などの影響で現在では外務省から危険度の最大レベルである危険度レベル4の対象地域となっています。

ただ第二次チェチェン戦争が終結してからロシアのウクライナ侵略が起きるまでは危険レベルは高いものの日本からの渡航は不可能ではなかったので旅行は可能という状態でした。

(ダゲスタンへの旅行をまとめた貴重なブログです。きれいな景観など今までのイメージとはちょっと違うダゲスタンを知りたい方は是非見てみて下さい!)



③サンボとは

髭もじゃの選手がダゲスタン出身のマゴメド・マゴメドフ選手。現在Bellatorバンタム級3位。

ではそんなダゲスタン出身の格闘家はいったいどういう特徴を持っていてどの点で現在世界のMMA業界で名を挙げているのでしょうか。

一言でいうなら「べらぼうに組み技が強い」です。
その組み技の気質は純粋なレスリングだけというのではなく”サンボ”の要素が入っていることが特徴です。

サンボとは1920年代のロシアで造られた格闘技であり日本の講道館柔道やロシアに根付いていたレスリング、ヨーロッパ式のレスリングの要素を中心に構成された格闘技です。そのためサンボでは競技の際に上半身は柔道着のようなサンボジャケットで下半身は短パンやスパッツ、足にレスリングシューズのようなサンボシューズを履いて行います。

上半身のサンボジャケットは赤と青の2種類で下半身の短パンやスパッツはそれに合わせた同系色ではならない。

基本的なルールは柔道とレスリングをミックスさせたもので試合時間は性別や年齢で異なり基本は約4分間で行われています。決着は投げ技や関節技での一本勝ち、両者の間で12ポイント以上の差が生じた場合に起きるテクニカル一本勝ちです。また一本が無い場合は試合中に取ったポイントで勝敗を決める判定があります。そのポイントで特徴なのは投げや背中を付けさせた状態での抑え込みは高いポイントが付きますが脇を付けさせた状態でも高いポイントを得ることが出来ます。レスリングや柔道では相手の背中を付けさせることが重要ですが、サンボでは脇を付けさせた状態でもポイントが高いのが面白いです。
またいくつかサンボ独自のルールもあります。例えばサンボでは腕、股関節、そして足への関節技が認められていたり、柔道では反則とされている長時間の相手の袖や襟を持つ動作が認められているので柔道よりも組み手の自由度が高いです。
半面柔道では投げ技からの一本勝ちが基本ですが、サンボでは”技をかけた選手が立った状態で相手を背中から落とす”ことでしか一本勝ちが認められていません。
また軍隊向けですがこのサンボの基本ルールに打撃や絞め技を追加させたものが”コンバットサンボ”です。現在は一般の人でも習うことが可能です。

サンボの創立者はロシアで初めて講道館から柔道黒帯をもらったワシーリー・オシェプコフで自分が習った講道館柔道をベースにロシアやヨーロッパのレスリングのエッセンスを加えた”ロシア式柔道”を造ったことがサンボの始まりです。
また弟子であるアナトリー・ハルランピエフが師亡き後にロシア全土にサンボを広めたことで現在のロシアでのサンボの礎を創りました。
さらにワシーリーと同時期にロシアで自己防衛術を布教していたビクトル・スピリドノフが軍隊や警察へ指導していた自己防衛術が現在のコンバットサンボの原点の1つです。

このように現代MMAで不可欠とされるレスリングや柔道の要素を多分に含んでいるサンボを幼少期から厳しい環境で叩き込まれているため、ダゲスタン出身の選手はMMAという組み技の強さがとても重要視される格闘技でとてつもない活躍をしているのだと個人的には考えています。
因みに宣伝ですがMMAの組み技がよくわからん!という方は筆者が書いたMMAでの組み技についての記事がありますのでよかったらそちらを見てみて下さい!

ちょっとした小噺ですがなぜロシアでここまで格闘技が盛んなのだと気になったことはないでしょうか。
その理由はヨーロッパ最大の民族でありロシア人もそれに分類されるスラブ人の文化が関係しています。ロシアではスラブ人の戦いの神とされる雷神ペルンの信仰を表した格闘行為がロシア全土で行われていました。しかしロシアにキリスト教が入ってきたことでペルン信仰やそれに類する格闘行為も禁止されていきましたが、民衆に愛されたこの格闘行為は完全には撤廃できませんでした。
さらにその後ロシアでは”壁戦”というものが生まれました。これはロシアに出来た民族格闘技でルールは冬の氷の張った川で1つの村が列となって相手の村の列と戦うというものです。基本的には素手で行われる投げありのボクシングで、合図の後に戦う人は叫びながら相手に襲って周りの人は太鼓などでそれを囃し立てます。
このような格闘の文化が根強く残っていることもロシアやそれに類するダゲスタンが格闘技大国であることの理由の1つでしょうね。

またダゲスタンではサンボが盛んだと書きましたが実はムエタイや空手といった打撃系競技も何ならサンボよりも盛んにおこなわれているそうです。そのため現在は主にMMAで多いダゲスタン系の選手ですが近い将来キックボクシングやムエタイにもダゲスタンの波が来るかもしれませんね。



④ダゲスタン出身の格闘家のスタイルとその特徴

今までの内容でダゲスタンの選手の強さの一端を知ったと思うのですが、実際にダゲスタン出身の格闘家がどういうスタイルで戦っているのかというのをファイターを通して紹介していこうと思います。
もし気になったファイターがいたらチェックしてみてください!

前述したとおりダゲスタンの選手は組み技にめっぽう強いです。
それは組んでから相手をグラウンドで動かさせない技術が優れているとイメージされそうですが、それまでのタックルや投げもめちゃくちゃ強いです。
元UFCライト級王者で現在は引退してロシアで”EFC”というMMA団体を創り後進の育成をしているハビブ・ヌルマゴメドフ氏は驚異的なスタミナとフィジカル、そしてテイクダウン技術で多くのスター選手をテイクダウンしてきました。
そのタックルはまず後ろ足の強烈な踏み込みから一気に加速して相手の懐に入りその勢いと強靭なフィジカルで相手をケージに押し付けます。またこの疲れるアクションを5分5ラウンド遂行しきるスタミナもあるので対戦相手からすればたまったもんじゃありません。

➀この時点で相手選手とケージの間の距離を確認することで、相手がスプロール(タックルに対して両足を後ろに下げるアクションのこと。よくタックルを切ると表記される。)出来ない状態にいることを確認する。
②一気にタックルを仕掛ける。
③タックルが決まる今の場所を動かさないために腕のフェイントで相手の逃げる方向をふさぐ。
④勢いを殺さずに相手の懐に入る。
⑤そのまま相手を押す。➀の位置調整によって相手はタックルを切れない。
⑥相手の膝裏に自分の腕を入れていたり相手のお尻をマットにつけさせたのでかなり良い形のタックルであることがわかる。
⑦自分の頭を相手に押し付けることで自分の体重を相手に掛けさせる。また相手の足を自分の足で束ねることで相手の自由を奪う。

現在Bellatorバンタム級3位で元UFCバンタム級王者のピョートル・ヤン選手と1勝1敗の経歴を持っているマゴメド・マゴメドフ選手はその極めの強さや豪快な投げが注目されますが、1番の武器はスクランブルの強さです。
スクランブルとはMMAでの寝技の攻防の際に相手を抑えたり極めようとして両選手がガチャガチャと激しく動く攻防のことです。RIZINだと扇久保選手が得意な攻防です。
マゴメドフ選手はこの攻防の中で相手より有利なポジションについたり隙を見つけて極めに行く速さが尋常ではありません。また自分が不利な状況でグラウンドに行っても無理やりスクランブルにして脱出することが出来るのも特徴です。

また「スクランブルとか寝技の攻防とかどこ見たらいいかわかんねぇよ!」という方は”MMA言語化挑戦中”さんのこちらの動画がおススメです!わかりやすく組み技の攻防を約6分の動画でまとめていますのでとても見やすいです!

近年のMMAの変化にもダゲスタン系のファイターは対応していってます。
今のMMAではテイクダウンの後にクローズドガードで相手を固めてるだけだったり相手のテイクダウンのアプローチを防いでるだけだと昔のMMAと違ってポイントが入らない傾向にあります。
相手を固めたり攻めをいなすだけではなくそこからパウンドといった明確なダメージを与えている方にポイントを付けるのが現代MMAの傾向となっています。

下の選手の足が上の選手の腰を抑えている状態をクローズドガードという。ここで相手を抑えているだけだと従来のMMAでは上の選手のポイントなのだが、現代のMMAでは上の選手にポイントが入るとは言い難い。

そういう状況に対して現在UFCライト級4位で10月にUFCライト級タイトルマッチを行うイスラム・マカチェフ選手はうまく対応しています。ちなみにマカチェフ選手は前述したハビブ氏のトレーニングパートナーです。
マカチェフ選手のスタイルはハビブ氏ばりのテイクダウンで相手にグラウンドに固定させて何もさせずに勝ち切るのですが、クローズドガードを狙わずにハーフガードサイドポジションに移行してダメージを与える現代MMAにうまく対応させたグラップリングで相手を倒しています。

ハーフガードとはクローズドガードとは違い上の選手の片足だけが相手の足に絡んでいる状態。クローズドガードほど相手を強く固められないが三角締めといった下からの仕掛けを防げる。
サイドポジションとは上の選手が下の選手の横から乗っている状態。相手の仕掛けを防げながら自分はアームロックやパウンドといった攻撃ができる上の選手が圧倒的有利なポジション。

また組み技だけではなく打撃でも倒せるダゲスタン系のファイターも存在します。強烈な組み技がありながら打撃ができるファイターというのは相手はテイクダウンをしたくないですしされたくもないという状態になり、逆に自分は組み技が強いので相手のテイクダウンにビビらずに強い打撃が打てるのです。RIZINだとサトシ選手がこのスタイルです。
現在Bellatorライト級1位で11月にBellatorライト級タイトルマッチが控えてるウスマン・ヌルマゴメドフ選手はこのタイプです。ちなみにウスマン選手はハビブ氏のいとこであり幼少期のころからハードなトレーニングをしていたそうです。ウスマン選手は今までのダゲスタン系ファイターとは違い主にキックとステップワークで試合を組み立てるストライカー系のファイターです。
バックボーンにサンボとムエタイがあるウスマン選手は組み技の実力もさることながら180㎝の身長と183㎝のリーチを生かした打撃で相手との間合いを測り一撃必殺のハイキックで試合を終わらすなどその打撃も超一流です。

さらにキックボクシングやムエタイでもダゲスタン系のファイターはすでに結果を出しています。
初代ONEバンタム級キックボクシング王者でアマチュア時代にはアマチュアムエタイの世界選手権で3度優勝したアラヴァディ・ラマザノフ選手は立ち技でのダゲスタンの強さを証明しているファイターです。
ラマザノフ選手のスタイルはステップワークとタイミングの緩急、スイッチで打撃の入る角度を調整しながら鍛え抜かれたフィジカルの強さを生かした強打で相手を倒すスタイルです。この変則的なムエタイスタイルで元ラジャナムダン2階級王者である現ONEフェザー級ムエタイ王者のペットモナコット・ペッティンディーアカデミー選手を倒しているのでその強さは折り紙付きです。
また通常のムエタイのファイターと違い序盤からハイペースで相手を倒しに行くのであまりムエタイやキックボクシングに興味のない人にもおススメの選手です!



⑤おわりに

今回の記事はいかがでしょうか。
現在MMAを中心に世界の格闘技業界を席巻しているダゲスタン共和国出身ファイターについて読んでくれた皆様の理解度が深まれば幸いです。
またその強さの根底にあるサンボについてもイメージが先行していて実際のところは深く知らないという状態の人も多かったのではないかと思います。筆者もその1人でしたので今回の記事を書く際にサンボについて実際のルールやその特徴を知ることが出来たのは大きい副産物でした。

タイトルにある【】部分についてですが、割とまだあまりMMAを知らない方たちへ向けたマガジンシリーズのタイトルとしてMMAミリしらキットという名前を付けました。内容としてはMMAを見ていく中で疑問に持ちそうなところや業界内では当たり前に浸透しているものの一般の人は良く知らないコンテンツについてなどを紹介するものとして考えています。
とりあえずここの記事を読んでMMAに関する知識や構成する要素に興味を持っていただけたら嬉しいです!

またこの記事や今までのnoteに対しての感想や意見はドシドシお待ちしていますのでコメントやTwitterで反応や拡散をしていただけるととてもうれしいです!泣いて喜びます!

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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