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【読書】『昨日までの世界』[下]⑩【塩分とりすぎ、カロリーオーバー、そして個人差】

 ニューギニア人の体形は、贅肉がなく、筋肉質で、太っている人どころか小太りの人もいない。
 医学的にも健康で、糖尿病、高血圧、脳卒中、心臓発作、循環器疾患、癌といった、今日の先進国でみられる死因の大方である非感染性疾患は、都市部以外の集落で伝統的生活をするニューギニア人にとっては、稀か、まったく見られない。
 平均寿命が長くなったから、という問題ではない。60代、70代、80代のニューギニア人のあいだでも見られないのであるから、寿命の長短と相関があるとは考えられない。

 しかし、だからといって、伝統的ニューギニア人は健康ユートピアで暮らしていたわけではない。
 そもそも、平均寿命はいまだに短い。
 また、事故や個人間の暴力、下痢を引き起こす感染症胃腸炎、呼吸器感染症、マラリア、寄生虫、栄養失調といった原発性疾患や、これらの病気で弱った人々を襲う続発性疾患で命を落とす。

 現代社会はこれらの病気を克服したが、それに代わる新たな現代病に悩んでいる。
 それにもかからわず、平均的には健康状態がよく、長生きもできる。
 非感染性疾患は、伝統的な生活様式を維持している小規模社会には、ほとんど、あるいはまったく存在しない。
 とはいえ、こうした疾患が古代から存在したことは記録が示している。しかし、一般的になったのはここ何世紀かのことである。

 研究によれば、非感染性疾患という文明病は、我々の遺伝子構成と、現代の食生活と生活様式のミスマッチから起きている。
 我々の遺伝子構成は、旧石器時代の食生活と生活様式に依然として適合している。
 となると、伝統的社会の生活様式の要素のなかから、非感染性疾患を予防する要素を特定し、それを現代の生活に取り入れることが好ましいように思える。
 しかし、事はそう単純な話ではない。

塩分摂取と高血圧

 塩分の過剰摂取は、高血圧の原因となる。
 しかし、問題なのは、塩分の過剰摂取が、一部の人にとっては原因となり、一部の人にとっては原因とならないのである。
 乱暴な言い方をすれば、まったく同じものを食べて、全く同じように生活していても、高血圧になる人と、高血圧にならない人がいるのである。
 とはいっても、高血圧の患者には、塩分の過剰摂取、肥満、運動不足、アルコールと飽和脂肪酸の過剰摂取、カルシウム不足などの要因があり、これらの因子を最小限にするように生活様式を改めると、たいていの場合、血圧が下がる。
 ゆえに、塩分の過剰摂取は、高血圧の要因となっていることは確かなのだが、だからと言って個人差はある。この「個人差」がある点は後述する。

日本人は気をつけよう

 今日、問題とされているのは、摂取した塩をどう排出するか、である。
 世界の一日当たりの平均摂取量は9から12グラム、もっとも少ないところでは6グラム、もっとも多いところでは20グラムという幅がある。そして、アジアの摂取量は多い。

 現代、最も塩分摂取が少ないのはブラジルのヤノマミ族で、1日当たり50ミリグラムである。
 日本人は塩分摂取量が多く、特に秋田県は、塩味の強い味付けが好まれ、濃い目の味噌汁を飲み、漬物を交互に食べる。1日当たりの平均摂取量は27グラムである。秋田県民の脳卒中による死亡率は日本人平均の2倍であった―――――というのが、ジャレド・ダイアモンドさんの指摘だが、これは秋田県民を弁護する必要がある。
 われわれ日本人なら、漬物とみそ汁があればご飯が食べられることを知っている。日本人なら誰でも塩分過剰摂取のリスクがあることを知っておくべきである。
(この件に関しては、下のほうで追記します)

意外なものに含まれている

 ただ単に摂取量は少ないと思っていも、思い込みに過ぎない。我々の日常の食事の食材に食塩が含まれている。
 食卓で塩入れを使わないようにするだけでは、塩分摂取量を大幅に減らすことはできない。購入する食材や食事をするレストランを選ぶ際に、十分に情報を得る必要がある。
 これはマクドナルドさんのHPが大変参考になるのだが、私の大好きなモーニング、ソーセージマフィンセットを見ると、ハッシュポテトの0.8gに対し、ソーセージマフィン1.7gと2倍近くになる(ドリンクはコーヒーなので0g)。
 ちなみに、ポテト(M)の0.8gに対しエグチ(エッグチーズバーガー)が2.0gと2.5倍になるのは驚きである。これを機会に、自分の好みのセットにどれくらいの塩分が含まれているのか、調べてみることをおススメする。勉強になりますよ。
HP:https://www.mcdonalds.co.jp/quality/allergy_Nutrition/nutrient/
 私は、マクドナルドさんに文句を言っているわけではない。むしろいい仕事をしていると言いたい。それを調べようとしなかった私自身の浅学を恥じるばかりである。
 これを見ると、くれぐれもポテトに「塩多めに」などとは言えなくなる。

 一般消費者は塩気の多い食品に中毒気味になっていて、塩気のない食品よりも塩味の食品を好むようになっている。
 高血圧や脳卒中、その他の塩分による疾病が医療費の増大と労働力の喪失につながっている。そのことに気づいた国々が食品業界の協力を得て加工食品の減塩を進めている。
 消費者が気づかない程度に、1、2年ごとに加える塩分量を10から20%段階的に削減した。
 イギリス、日本、フィンランド、ポルトガルの各国ではこうした取り組みを20年から40年ほど続けてきている。
 われわれにできることは、生の食品を多く食べ、加工食品を減らす健康的な食事をすることである。
 とくに有効なのは、野菜、果物、食物繊維、複合糖質、チーズなどの乳製品、全粒粉、鶏肉、魚、植物油、ナッツなどを増やす食事である。
 赤みの肉、菓子類、砂糖入り飲料、バター、クリーム、コレステロール、飽和脂肪酸の摂取を減らすことである。

個人差がある理由

 われわれは、いまだに大昔の低塩分の食生活に適応した身体を持ちながら、比較的最近、塩分の多い食事をするようになってしまった。
 その結果、塩分の過剰摂取が、ほぼすべての現代的な非感染性疾患を引き起こすリスク要因となっている。
 最大の問題にして疑問は、塩分摂取量が増えたからと言ってすべての人が高血圧になるわけではない。
 医師は「食塩感受性の人」と表現する。高血圧の人と正常血圧の人との間にある明確な身体的違いは、腎臓の処理能力の問題なのである。
 しかし、進化生物学では異なる意見が出る。一見、有害な遺伝的形質が生存可能性を高め、繁殖を成功させるということはないからである。一見、欠陥のある遺伝的形質が、デメリットを上回るメリットがあるから、生き延びている。
 この答えは簡単で、人類史の大半は、塩が簡単に手に入らなかったのである。よって、塩分保持に優れた人々が結果として生き延びることができたのである。
 このメリットがデメリットに変わったのは、人類が簡単に塩を手に入れ、日常的に利用できるようになった時代以降である。

数万年前のアフリカのサバンナで、塩不足という問題にうまく対処してきた祖先をもつわれわれはいまや、塩分過多のためにロサンゼルスの路上で死亡するリスクを負うようになってしまったのである。

 生活環境の改善がもたらした皮肉である。

カロリーも同様

 糖尿病はエイズのような感染症ではない。それに、すぐに死ぬ病気でもない。
 しかし、今日、世界中に広まっていて、糖尿病の死者数は、エイズの死者数を上回っている。

 糖尿病になるかならないかは、遺伝的要因に加え、環境や生活様式によっても左右される。
 しかし、遺伝的になりやすい体質であっても、必ず発症するとは限らない。
 発症リスクはさまざまな要素が影響をおよぼしていて、ひとつひとつに分解していくのは難しい。しかし、三大要素は、肥満、座りっぱなしの生活様式、糖尿病の家族歴、といってよさそうである。

 糖尿病には遺伝的要因が強くみられる。この事実は人類の進化にひとつの謎を投げかける。
 糖尿病の疾患感受性遺伝子を持つ人々が自然淘汰によって排除され、その遺伝子を持つ子孫を残さないとすれば、糖尿病は徐々に消滅していくと推測できる。しかし、現実は逆である。
 今日、先進国では、毎日、あたりまえの時間にあたりまえの食事をすることが当然であると思い込んでいて、食糧が豊富にある状態がほとんどないといった予測不可能な変動を想像することができない。
 しかし、人類の進化の過程において、つい最近まで、食糧の入手が予測不可能である生活パターンだったのである。

 これは、ジャレド・ダイアモンドさんの体験なのだが、ニューギニア人とのフィールドワーク中に事故が起きた。何らかの手違いで、水と食糧が届かなかったそうだ。
 伝えないわけにはいかない。怒られるのではないかと思いながら、水と食料がないことを伝えると、

そうか、食べるものがない。たいしたことじゃない。今晩は腹をすかせたまま眠って、明日、食べよう

 人類は、進化の歴史を通して、飽食と飢えという変動が頻繁だが不定期に襲いかかってきた。そして、それに対応してきたのである。
 飽食と飢えが混在する伝統的な状況では、倹約遺伝子が有利に働き、それを有する人の生存確率が高くなったのである。
 食糧事情が良い時期に脂肪を蓄え、過酷な時期にそれを利用することで、飢餓をうまく乗り切ってきたのである。
 電気も冷蔵庫もない時代、保存技術が未発達な時代では、体に脂肪を蓄えるしか方法がなかったのである。この方法なら、電気も冷蔵庫もいらないし、敵に奪われる心配もない。

 塩分、甘い物、脂っぽい食べ物を求める「嗜好」は、伝統的社会ではわれわれに貴重で重要な栄養分を求めるように導いてくれたが、現代社会では高血圧と糖尿病の原因になってしまった。これは進化と発展の皮肉である。

ヨーロッパ人に糖尿病が少ないのはなぜか

 運動不足で、肥満し、スーパーマーケットに頼る生活様式は、ヨーロッパ人や白人アメリカ人の間で始まって、世界中に広まっていった。おそらく、ヨーロッパ人は、歴史的に、それほどの飢餓にさらされておらず、その結果、倹約遺伝子が自然選択されることはなかった。

  1. 国家の介入で、飢餓にさらされた地域に余剰食糧が迅速に供給することができた

  2. 食糧輸送の効率化、特に船舶を利用したこと

  3. アメリカ大陸から、ジャガイモ、トウモロコシを持ち帰ってきたこと

  4. ヨーロッパでは天水農業(降雨依存農業)が行われ、灌漑農業に依存しなかったこと

 この結果、ルネサンス期以降、ヨーロッパ人の間で糖尿病が流行し、糖尿病にかかりやすい倹約遺伝子を持つものが淘汰されたのではないか。
 それに対し、つい最近まで飢餓にさらされることが多かった地域の人びとは倹約遺伝子を持つ人のほうが自然淘汰で生き残り、本日、困ったことになっているのではないか。
 ヨーロッパでは食料供給の改善が長い時間をかけて徐々に広がっていったため、糖尿病の有病率も緩やかに上昇していった。ヨーロッパでは何世紀もかけて展開された生活様式の変化は、それ以外の地域では急激に変化したため、糖尿病の有病率も急激に上昇した、という仮説が正しいように思われる。

では、どうするか?

 非感染性疾患の対策で、伝統的社会から学ぶことは皆無に等しい。また、伝統的生活をする、という単純な話でもない。
 断食なんかしたくもないし、一日三食、食べたい。塩っ気の多いものに手を出したいし、お菓子も食べたい、酒も飲みたい。
 だからといって、食べられるときにバクバク食べて、脂肪として身体に蓄えておく、という生活もしなくもない。

 とはいっても、非感染性疾患との戦いに負けると決まっているわけでもない。新しい生活様式を作り上げることに成功したのなら、それをさらに良いものに変える能力もあるはずである。
 禁煙、適度な運動、摂取制限(カロリー、アルコール、塩分、糖分、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、加工食品、バター、クリーム、赤肉など)、積極的摂取(食物繊維、果物、野菜、カルシウム、複合糖質など)といったことである。
 ジャレド・ダイアモンドさんの提案する、もっと簡単な方法は「ゆっくり食べる」である。

 この項を書きながら「塩分摂取 都道府県別」で調べると、厚生労働省のHPがヒットする。
 秋田県はずいぶんランキングを落としているので、安心してほしい。そして、やはり日本人は気をつけたほうがいい。漬物とみそ汁だけでご飯を食べてはならない。
 と思ったら、どうやら味噌汁も具をたっぷり入れるといいそうだ。インスタント味噌汁ですませていた自分自身がサボっていたようだ。
 この件に関しては浅学すぎるのだが、厚生労働省どころか農林水産省も、そして各地方自治体も減塩のPRもしているし、方法も教えてくれている。食品メーカーも同様である。
 自分自身の浅学を恥じ入るしかないので、勉強するしかない。
 医療費の増大で苦しんでいる政府は、生活習慣病を防ぐための生活の提案をすることで、医療費を削減しようとしている。
 そうであるなら、政府と足並みを合わせて、われわれも健康的な生活をするべきではないだろうか?
 個人的には、健康な生活を送り非感染性疾患を防ぐことができる。そして、医療費の削減は、税金を含む社会保障費の負担を減らすことができるのだから。

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