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トンガ人選手との絆

こんにちは。
スクラムヒューマンパワー代表 日原 達仁です。

私の記事を読んでいただいて、ありがとうございます。

南太平洋・トンガ付近で発生した大規模な火山噴火と、
それに伴う地震や津波により多大な被害が発生しています。
トンガ政府は18日夜、被害の状況などについて初めて声明を出し、
これまでに3人の死亡が確認され、
多くのけが人が出ていると明らかにしました。
津波の高さは最大で15メートルに上ったとしています。

トンガ王国の状況が少しずつ分かってきていますが、
いまだ救援が困難な状況にあります。
現地の皆様のご無事と安全を、また、被災された方々が
一日も早く元の生活に戻れることを、心から祈念いたします。

私とトンガ人との絆は、かれこれ12年ほどになります。
大東文化大学のラグビー留学生を、
日本で初めて技術・人文知識、国際業務の就労ビザにより就労させ、
余暇でラグビーの活動をする体制を構築したことが出会いです。

2011年、東日本大震災の2か月前です。
大東文化大学4年の留学生2名、そのうちのひとりは
7人制ラグビー日本代表の選手でした。

リーマンショック後、日本経済も大きな打撃を受け、
学生は氷河期と呼ばれる就職難でした。
それでもトンガのラグビー留学生たちは、
大学後は日本のトップリーグでプレーするというルートができていました。家族の期待を背負い、異国にて日本文化を学びます。
2019年、日本で開催されたラグビーワールドカップでは、
日本代表に多数の外国人選手が在籍していました。

ラグビーでは、3年以上在籍する国でプレーしていると、
その国の代表選手になることができます。
多国籍、クロスファンクショナルなメンバーで大躍進し、
初めて決勝リーグに進出しベスト8、好成績を残しました。
もちろんトンガ人の選手もチームに多数在籍しています。

大東文化大の4年生ふたりは、タイミングが悪く、
不況による影響のためなかなか
トップリーグからのオファーがありませんでした。
そこで、下部リーグに所属していた
TOSEN クリーンファイターズに白羽の矢が立ったわけです。
三洋電機ラグビー部で、選手時代からリスペクトしていた太田さんから、「トンガ人を採用してくれないか」と問い合わせをいただき、
すぐに山梨へ呼び、面談を実施しました。

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その後くらいでしょうか、毎日新聞の記事が飛び込んできました。

毎日新聞 2011年1月20日 東京朝刊
インサイド:次代の針路 第4部 スポーツ留学生の受難3
 ◇日本人以上の就職難

私はこの記事を読んで、身につまされる思いでした。
何とか彼らが日本でラグビーを続けられる環境を創出したいという思いで、行政書士の先生方に相談し、様々な情報を精査しました。
彼らは中学生からしっかりと英語を学び、
第二外国語として習得していたことで、
日本の在留資格を取得することができたんです。

それでもビザ取得には大変な手間がかかりました。
行政書士の丹澤先生と二人三脚で書類を準備し、
会社の理解も得られました。その甲斐あって、一人は製造業へ、
もう一人は外国語指導助手として山梨で就労することができました。

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トンガ人の男性のほとんどが、異国で仕事をします。
母国へ仕送りし、家族を支えるんです。
日本にいるトンガ人のほとんどはラグビー選手です。
私が監督をしていたチームでは、プロ選手としてではなく、
技術(職人)、翻訳・通訳などで仕事についていました。
彼らは体格もパワーも、非常にグレイトですが、
ハートはとてもピュアで、特に母親を大事にする文化を持っています。

監督を辞して数年、彼らとは音信が途絶えたりもしましたが、
今は職場までポンギの家族が会いにきてくれたりもします。

再び彼らと関わり、ともに仕事をすることができています。
彼らの母国、現地の皆様の安否が気がかりです。
私にできることがあれば、ご支援したいと思います。


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