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中学 高校時代でしょうか
授業で使っていた社会の資料集をみて
『私は断然 弥生式土器が好き!』
と言っていた自分でしたが
いつの間にか縄文土器に惹かれる自分になっていました

なぜだろう
深くは考えたことはなかったのですが
最近、土偶の新しい解釈をされている研究者の本を読んで
その時代の魅力について改めて考える機会が訪れました

これまでは土偶は女性や妊婦をかたどったもの
人体をデフォルメしたものとされている訳ですが
著者の見方は
植物に宿る精霊だったとう解釈をされているとのこと

確かに愛らしい土偶の姿と
モチーフになったと考える里芋や木の実、貝など が横に並ぶと
それらをかたどったものとしか思えないその姿

現在は空前の縄文時代ブームとか
私もいつのまにか縄文時代に魅かれており
気が付けば縄文遺跡の品々に心そそられ
当時の世界や人の営みや暮らしぶりに非常に興味が湧きますし
その本に出合ってからというもの
土偶を観たい衝動に駆られています

”いよいよ始まる皇の時代”
が頭によぎります

新しいこれから2500年の時代は
天縄文時代
高次清心文明

流れとは抗う事のできない一定のリズム
波長のようなもの?

この流れにどう乗るか
波に乗ることで魂は幸福感を感じるらしいのですが。。。

スピリチャル的になってきましたが
っでなに?とも思います

人にも波がありますよね
良い事 悪い事 
気分が上がる時 下がる時
全ては波で出来ていると言われれば
まさにそうなのだと実感します。

私は土偶の話は心おどりました

遠い私たちの祖先の営みを想像すると
なんだかとても愛おしく感じますし
寿命は今よりもずっと短かったのでしょうが
おそらくとても幸せなイキイキとした時間を送ってだったのだろうと思うと
私もそんな風に生きたいと思うのでした




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