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美濃のマムシ 斉藤道三

 戦国の世で、美濃のマムシと言われた
斉藤道三。
 彼は僧侶として、寺で修業していたが、思うところがあり、油商人になった。そして、一念発起し、武士になった、変わり種。
 武士として、美濃の国に、入り込み
権謀術数を繰り返し、美濃の国主にまで、上りつめた。
 美濃兵は、強く、道三は、戦も強く、
尾張の一領主でしかなかった、織田信長の父、織田信秀が、何度も美濃に兵をすすめたが、その度に撃退された。
 
 織田信長が最初と思われている
 「楽市楽座」という、商人に、自由に商売させたのも、道三が、始めた。
 また、信長も使っていた、戦で足軽に持たせていた長槍も、道三が始めた。
 槍は、柄が長い方が戦に有利ということで、使いはじめた。
 また、鉄砲というものをいち速く、
導入したのも、道三であった。

 斉藤道三は、織田信長の先生といえる
かも知れない。


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