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サボる蟻とキリギリスの会話


いつも通り人生を謳歌しているキリギリス。
今日は大きな石の陰に横たわり、大きな入道雲を眺め、流れる時を優雅に楽しんでいる。

ふと傍に目をやるとそこには重そうなお尻を地面に降ろし、ゆっくりと一服している年老いたアリがいた。

仲間達の列には背を向け、刻々と姿を変える雲をぼうっと眺めている。

他のアリ達はというと、ひたすら巣穴と餌場を行き来するだけで、サボっているアリには目もくれない。

そう、これは有名な御伽話には描かれなかったお話です。


キ) ねぇ、ジイさんまた来たの?
他のアリ達は一生懸命働いているのに
アナタはいつもいつもノンビリしてる。
大丈夫なの?見捨てられる前に戻ったらどう?

年老いたアリが仲間に見捨てられる事を心配しつつも、いつもいつも傍にいられたら鬱陶しいと思っているキリギリスは追い払うように言った。

キ)何故ジイさんはサボってばかりなの?ホラっ!立って!


ア) 何でって聞かれてもなぁ。
まぁ、皆頑張っとるからまだワシの出番じゃあ無いな。
みたいな感じかぁ〜?

キ) 聞いてるんだから質問で返して来ないでよ!
アナタそんなんだと巣を追い出されるんじゃないの?
もしそうなったらジイさんも終わりね。

鼻で笑うキリギリス。

しかしアリは笑っていた。

ア) ヤッハッハ。

それは無いなぁ。
ワシをクビにしたら秋まで持たずしてウチの巣は全滅じゃぁ。


キ)んまたぁ!そんな強がって。そんなわけないじゃない!アナタ何もしてないんだから見捨てられてもおかしくないわよ。

ア) いやいや。
今はなんにもしておらんが、なんにもしないわけではない。

キ) そのうちやるけど今じゃないって事ォ?
自分の気分次第で働くなんて。。
先に働いてるアリ達が可哀想じゃない!

ア) うむ。お主がワシらアリの生活を知らんのであればそう思うのは仕方がないな。
お主のその余生にひとつ、ワシから退屈凌ぎに話してやろうかの。

まず初めに言っておくが、ワシのようなサボり蟻はどの巣でも必ずおる。
それにはどのアリにも宿命付けられた反応閾値というものがある。
知らんじゃろう?

キ)はんのういきち?聞き慣れない言葉ね。

ア)それもそうじゃ。これはアリが家族を形成するのに必要ではあるが、お主らのように集団生活をしん者とってはただの感覚の違いとしか認識されておらん。

また、あの"人間"も集団生活をする生き物だが、彼らは反応閾値こそ持っているものの、社会を形成するのに反応閾値は使っておらん。
社会を合理的に構築するのに上下の関係を築き、役割を分担して生活している。
つまり上からの指令に下が従うんじゃ。

ワシらはその様な上下関係を築いた上での社会システムを構築してはおらん。
すべては各々備わった反応閾値に任せて行動しておる。

まず反応閾値を理解する為には「掃除」を例に挙げるとしようか。

A→毎日掃除をする
B→週に一度掃除をする。

「掃除しよう」という気持ちになるのは、汚れが付く前にその気持ちになる者と、汚れてから掃除をする者とでは感覚に違いがあるのはわかるか?

キ)確かにその感覚の違いはあるわね。
明らかに散らかって汚いのに全然掃除しないのがいるわねぇ。

ア) これは持って生まれた感覚の違いで差が付くんじゃ。
掃除をするという行動は汚れに対する反応である。
その汚れに対して、「ここまで来たら行動する」というボーダーラインは皆バラバラなのじゃ。

キ) やる気スイッチみたいなものね?

ア) 御名答!! そのやる気スイッチを使い、人間と違うシステムで社会を構築しておる。

キ) それじゃあ敏感なアリはずっと働きっぱなしで不公平じゃない!

ア) 待て待て。ここからが大事なんじゃ。
ワシら羽を持たずして生まれたアリ達は生殖活動をしない。かわりに、役割を与えられる。この役割さえ反応閾値に従って行動する。

巣には女王がおるのは知っておるじゃろう?
女王は生まれながら決まっておる。

その他には子育てをする若いアリがおってな。
外に出て餌を集めるアリはワシらみたいな年寄りの仕事じゃぁ。

子育てをするアリは、子供の「腹が減った!」という空腹サインを読む。
子供の数に対して世話係が増えたり減ったりする。
つまり巣の中の子供が増えれば、沢山の空腹サインが出される。
その空腹サイン(子供)が一定以上増えた時、自ら子育てを始めるアリや、働きアリの数が減れば加わる者達がいる。それは今まではサボっておったアリ達じゃ。

キ) つまり誰かの指示で働くのではなく、自分の感覚でしか働けない、ということ?

ア) そういう事で間違いではないじゃろうな。

キ) それじゃあやっぱり反応閾値が敏感な個体は長く働いて、鈍感な個体はサボる事には変わらないじゃない!
みんな一斉に働いてエサを集めたら1日も早く冬支度が出来るじゃない?!

ア) なかなかそうはいかんのじゃよ。
ワシらアリも疲労するのは知っとるかの?
歩き回ると筋繊維に乳酸が溜まって本来の動きが出来んようになる。
最初のうちはみんな一生懸命やってもいいんじゃが、子供が増えた時大人の数が少なかったら育てられぬじゃろう?

じゃから反応閾値に合わせて行動する事を選んだ。

キ)長く巣を維持する為に進化したのがサボること。。。

ア) まぁ言い方は悪いがそんなとこかのう。

キリギリスよ。ワシらアリはこの反応閾値で生きている。

アリ達は自分の子供に飯食わせる為に働くんじゃ。
アリは子が親になるまで飯を食わせ続ける。

子供が1人でメシ食えるようになれればそれでよい。
あんたらキリギリスの様にな。


冬の備蓄もじゃ。
自分が食べるより次の世代の為。
長く巣を維持することがワシらの宿命。

ワシの尻が重いのも、命に刻まれたもんなんじゃよ。


アリは大きく ふうっと煙を吐き、ぽとっと灰を落とす。
キリギリスは大きく膨らむ雲に自分のおじいさんを見た。


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