見出し画像

高校に隠されている教育格差

自治体を満遍なく転勤する高校教員は、進学校(『高ランク校』)で教えることもあれば、偏差値の低い学校(ここでは『低ランク校』と便宜上呼びます)で教えることも珍しくはありません。低ランク校では、生徒の学力が低い、学習規律がかけている、生徒が学ぶ喜びを感じずにゲームばかりしている、などの状況のために今までの授業実践が成り立たないことがあります。

生徒は入試を経て学力で輪切りにされて高校へ進学してきます。学力や学習意欲だけが、高ランク校と低ランク校の違いでしょうか。どうやら違うようです。ここでは、中村高康・松岡亮二 (編集)『現場で使える教育社会学』を元に、教育社会学の研究で明らかにされている学力以外の学校間の生徒の違いについてまとめてみます。


入試難易度による学校間の違い

高ランク校と低ランク校の違いを箇条書きにすると以下のようになります。

高ランク校

  • 親の学歴や収入が高い

  • 家に本が沢山ある

  • 親の教育が行き届いている

  • 進学意欲が高く学習習慣が身についている

  • まじめな学校文化がある

  • 教員の生徒への期待が高い

低ランク校

  • 親の学歴や収入が低い

  • 家に本があまり無い

  • 親の教育は放任的

  • 進学意欲は低く学習習慣が身についていない

  • まじめな学校文化が作られにくい

  • 教員の生徒への期待が低い

どうして学力以外でもこのような差が生じるのでしょうか。以降の項目で説明します。

親の社会経済的地位とは

生徒の様々な要因に影響を与えているのが、親の社会経済的地位(Socio-Economic Status: SES)です。SESは、学歴、収入、職業、持ち物、言語力などを統合した概念です。入試難易度と親のSESには高い相関があり、高ランク校に比べ低ランク校では親のSESが低いことが見出されています。出身家庭が社会経済的に恵まれている順に40名の生徒を並べると、上位数名が偏差値70の高校に進学しているイメージです。このSESが元になって、子どもの学力などにも影響を与えています。

社会経済的地位がもたらす教育に係わる要素としては以下が挙げられます。

  •  文化資本(学歴、蔵書、言語能力など)

  •  子育てパターン(介入的か放任的かの違い;習い事、塾、ゲームの制限)

  •  期待格差(親がどこを教育の目標にするか)・努力格差(子どもがどのくらいの時間を学習に費やすか)※こちらは子どもの項目で説明

親の文化資本の違い

学校によって親の学歴には大きな隔たりがあります。高ランク校では両親が大卒なのは50%以上であるのに対し、低ランク校では両親が大卒なのは12%です。家庭にある本の平均冊数は、偏差値60以上の学校の生徒に比べ、偏差値40以下の学校の生徒ではその半分以下であるとPISA2015のデータは示しています。さらに、親の文化資本は、子の進学期待や努力格差に大きな影響を与えます。

子育てパターン

子育てパターンは、親の世帯収入によって変わると示されています。世帯収入が平均以上の家庭では、習い事や塾に通わせたり、ゲームの時間を制限したり、話し合って決まりを決めたりする傾向にあります。一方、貧困家庭では、時間の使い方を制限せず、子どもに対して命令口調で、学校に教育を任せる傾向にあるようです。

子どもの意識や行動とは

親の社会経済的地位から、子どもは影響を受けています。

学習努力量

学習努力量の違い、つまり努力格差は、両親の学歴(大卒か非大卒か)に影響を受ける要素です。親が大卒の場合の方が学習時間が長く、小学校4年生ですでに大きな開きがあります。その開きは中学生でも固定されています。そのため、高ランク校で親のSESが高い生徒は、より長い時間家庭で勉強してきています。一方、低ランク校では学習時間がゼロという生徒も多いです。そもそもの育ちや習慣が違うのです。

大学進学期待

大学進学期待とは、大学進学を教育のゴールとするかどうかの意識のことです。親の大学進学期待があると、それが長い期間を経て子どもに内在化することで影響します。

こちらも両親の学歴(大卒か非大卒か)が影響しています。親が大卒だと大学進学すべきだという意識が子へ内在化することで、子どもの大学進学期待が高くなります。驚くべきことに、小学校4年生の時点で既に大卒と非大卒の親をもつ子との間には大学進学期待に大きな開きがあります。さらに、入試難易度と進学期待は高い相関があり、高ランク校に比べ低ランク校では生徒の大学進学期待が低いことが見出されています。これは親のSESが大本の原因です。

生徒文化(隠れたカリキュラム)とは

高ランク校では、生徒の大学進学への高い意欲が、学校内での価値観や学校文化に反映されています。こうした価値観は隠れたカリキュラム(hidden curriculum)となり、まじめな授業の雰囲気や同級生との協力的な姿勢、学習に時間を費やす生徒の多さとして現れています。進学校に通っていた方なら思い当たるのではないでしょうか。一方、低ランク校では逆に、親のSESや進学期待が低いことから、そのような価値観や学校文化が醸成されにくいです。

教員の期待や意欲とは

『授業がうまくいかないのは生徒の学習意欲が低いせい』
『授業についてこれないのは低学力でやる気のない生徒本人が悪い』

上記のように感じ、教師自身が意欲や生徒への期待を失ってしまうことがあります。学校間で、教師の生徒に対する期待や学校への誇り、学業成績の捉え方に差があることも見出されています。高ランク校に比べ、低ランク校では、教師の生徒に対する期待や学校への誇りは低い傾向にあります。また、低ランク校では、教師自身が学業成績を重視しない傾向もみられます。

つまり、日々向き合う生徒がどんな生徒かは、教師の意識にも影響を与えているのです。なお、低学力層がいることは小中学校の教員の職務満足度を低下させることが示されています。高校でも、同様のことが起きていると思われます。

まとめ

一見学力で選別しているようで、実は子ども本人からは変えることのできない要因が元になって選別されているのが高校です。換言すれば、生まれによって子どもを隔離しているのが高校です。学力以外にも学校間で否定できない格差があることを理解した上で、日々生徒に向き合うことが高校教員には求められます。

次回以降の記事では、教育格差をこれ以上広げないために高校教員がどう生徒と向き合っていくべきかについてもまとめていきます。

引用文献

第3章 日本の「教育格差」とコロナ禍(講演録) 早稲田大学留学センター准教授 松岡 亮二
https://www.mof.go.jp/pri/research/conference/fy2021/shingata_report03.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?