【本当にあなたは、どうしようもなくて、どうしようもなくて。まったく、どうしようもなく愛しい、私の仔だ。】

その城の主を殺ったのは小柄な戦士だ。

仲間が一人一人、その城の主に喰われていく、著しい恐怖と盛んな死闘の最中。
渾身の力で主の懐に飛び込んだ。

人間を離れ、もはや、人間ではなくなっていた、小柄な戦士の巨大な力は、まだ生き物であった巨人の主を破壊した。

【主を殺ったのは誰か】。
城に残る下部達、賤民達の目をごまかせるはずもなく、主を殺れたのは、小柄な戦士の他になく、惨状は明らかに小柄な戦士一人を示していた。

【!!!!】
仲間の一人が無言で動いた。
まだ生きていたの…
君も、強いひとだからね。

迫り来る弱者達の興奮と戸惑いを縦横無尽に躱して、
もはや、逃げる力も失くなった小柄な戦士は、この強いひとに子猫のように抱えられながら、ぼんやり最後の死闘を眺めていた…


場面は大勢の人間達が野菜のようにぎゅうぎゅうに詰められて運ばれようとしている汽車のホームに切り替わる。


少し、階級よく身なりを整えた風の旅人と、若い女性が乗車する。
厳しい監視が置かれていたが、二人は各々辛くも難を逃れた。

車内は酷く混雑していて、旅人は不機嫌そうにずっと押し黙ったまま一言も発せず、まだ幼さも残る女性が一人楽しそうに、一方的に旅人に話し掛けては、あちこちを見渡していた。

徐々に汽車の中の人混みが払われた頃、
女性が一人立ち上がり、【ありがとう】と言って、旅人から離れた。

周りから見たら、【旅は道ずれ】で、無作為に選び出した横の他人(旅人)から、行き先が別れた当人(女性)が離れて、赤の他人(旅人)が解放されただけの、何気無い場面(シーン)。

旅人から離れて別の車両に移る女性の姿を追う何者かの気配があって…

誰も居ない車両で女性は何者かと一人戦う。
今、彼女は本当に一人。
人間ではない、獣のような追手から追い詰められて、走る車外へ棄てられようとした、そのとき。

彼女の頭上に声が響いた。
【本当にあなたは、どうしようもなくて、どうしようもなくて。まったく、どうしようもなく愛しい、私の仔だ。】

場面(シーン)は、先刻女性と別れた旅人の車両に移り替わる。
今、ようやく、旅人の目的地に着いたらしい。
旅人は自分の荷物を受け取りに、車両を移った。

【大人しくしてくれ…】
旅人はそう、心の中で呟いたかもしれないが。
ようやく再会した愛しい者に、優しい眼差しと指差しを与えて旅人は汽車を降りた。

広野の中を旅人が一人、自分ほど大きな荷物を連れて歩き去る。
彼と荷物の行き先は誰も知らない。

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