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くじらるらバスと流れ星

 南の島とはいえ季節は冬。少し寒い日が続いていました。夜明けはずっと遅くなり、夜が来るのも駆け足です。サシバの鳴き声が響いて、みんなはすっかりコートを着るようになっていました。
 さて、島には空飛ぶバスが運行しています。くじらるら気球バスです。この島にしかいない、とてもめずらしい「ソラクジラ」がひいてくれるのです。島内には7カ所の駅があり、島の美しい風景を空から楽しめる人気の乗り物です。冬になると島の海にもクジラがやって来て子育てをするので、空にも海にもクジラが泳ぐ季節が来ます。
 今年の冬はさらに嬉しいニュースが入ってきました。クジラ座流星群がいまだかつてない規模で見られるというのです。
くじらるらバスでは、社のシンボルであるクジラに関わる一大イベントとして、流星群の夜に星空観察会を開くことにしました。会場はくじらるらバスの一番北の駅、海の珊瑚駅です。海に面した崖の上に水色のとんがり屋根の駅舎があるところです。駅の周りには広々とした草地があり、水平線から空までぜーんぶ見えます。


「流れ星で願い事が叶う、とよく言いますが、今回の流星群はいったいどれだけの願いがかなっちゃうんでしょうね」
 地元FMラジオ局のキシさんが言いました。毎週星の話をしてくれる星空博士のアララキさんの番組です。
「いやあ、今回のはホントすごいですよ。500年に一度の奇跡的な巡りあわせで、本当に降るような流れ星が見られるんですよ。こんなことはなかなかありませんよ。いやあ、ラッキーですね」
「ナンデ測候所には観測隊が派遣されるらしいですね。ところで、クジラ座ってのは初めて聞きましたが」
「クジラ座はうお座やみずがめ座の近くにある星座です。秋の星座と言われていますが、秋に見ようとするとちょっと遅めの時間なんですね。それがだんだん早く出るようになって、冬の始めには20時くらいに空の高いところで見ることができるんです」
「観察するにはちょうど良い時間なわけですね」
「そうなんですよ。一番見られるのが12月6日。20時ごろからどんどん降ってきますよ。」
「それはすごい。これが見られるのはこの島限定とか。島はクジラに縁がありますね」
 そう言われてアラギさんは笑いました。
「実はクジラ座のクジラはいわゆる海のクジラではないんですけどね」
「えっ、違うんですか?みんなクジラクジラって盛り上がってますけど」
「神話に登場する怪物なんですよ。手、というか前足もある。アンドロメダが生け贄にされそうになってペルセウスに助けられますけど、その時に倒される怪物ですね」
「あれれ、だいぶイメージ違いますね~」
「あ、言わないほうがよかったかな」
 アララキさんはちょっとばつが悪そうです。
「それじゃあもう、島ではクジラ座はソラクジラってことにしちゃいましょう」
「それは良いですね」
 キシさんがあらためてイベントのお知らせを読みます。
「くじらるらバス、海の珊瑚駅の星空観察会は12月6日の19時半からです。会場にはくじらるらバスの名物駅長さんたちも登場するとか。おいしいお店の出店もあって地域通貨ホエールでお買い物ができます。当日は素敵な賞品の当たるあたたかい当たりつきスープなんかも出るそうですよ。みなさん、マイカップを持ってぜひぜひ足を運んで下さいね」
「楽しみですね。では会場でお会いしましょう」



「おかあさん、これぜったい行きたい!」
 みいちゃんはラジオを聞いてそう叫びました。流れ星ももちろんですが、太古の森駅のクロウサギ駅長に会ってみたかったのです。駅に行ったことはありましたが、7歳のみいちゃんが行けるのは昼間ばかり。駅長さんは夜行性なのでなかなか会えないのです。
「そうね。海の珊瑚駅なら近いし、みんなで行ってみようね」
 お母さんにそう言われて、みいちゃんはとびあがって喜びました。
「はやく6日にならないかなあ」
 ワクワクした気持ちは、もう、島全体を包んでいくようです。


 12月に入って流れ星の数は少しずつ増えていたようですが、雲が多くて見ることはできず、みんなは残念そうに空を見上げていました。
さあ、待ちに待った流星群当日です。この日は昼過ぎからどんどん雲が晴れて、夕方には水平線の上に少しと山の上に少しだけになりました。山にしずんだ夕日のなごりに雲のはじっこがまだもも色になっています。
会場の海の珊瑚駅はまりのような形の岬にあります。灯かりのともった岬にゆっくりとソラクジラの引く気球バスがやって来ました。イベントのために飛んだ臨時便です。
「えー、海の珊瑚駅、海の珊瑚駅、終点です」
 降船場に気球がとまり、お客さんが降りてきました。会場の広場にもたくさんの人が集まっています。駅舎のまわりではおいしそうなにおいがしています。今日のために特別に用意されたカボチャのスープです。竜の里町のレストラン「はなたば屋」さんが作っています。
「さあみなさんいらっしゃい。あったかいカボチャのスープは1杯300ホエールです。スープの中にはひとつだけ星の形のパスタが入ってますよ。それが入っていたら大当たり!素敵なプレゼントがあるので、スタッフに声をかけてくださいね」
 大きな鍋からはゆらゆらと湯気がのぼり、並んだ人たちに次々にスープがわけられていきます。みいちゃんも、お父さんとお母さんとお姉ちゃんたちと列に並びました。あたりはもうすっかり暗くなっていましたが、スープ屋さんにかかげられた大きなランプの明かりがチラチラとゆれています。鍋がかけられている焚き火台の火もパチパチとはぜてとてもあたたかい景色です。
「あと5人」
 みいちゃんはこっそり人数を数えます。帽子をかぶったひげのおじさんがにこにことスープを受け取りました。
「あと3人」
 髪の長いきれいなお姉さんがスープを受け取ると小走りに友達のところに走っていきました。とうとうみいちゃんの番です。
「ひとつください」
 みいちゃんが、持ってきた木のお椀と300ホエールチケットを渡すと、白いコック服を着た大きなおじさんが、大きなお玉で鍋をひとまぜして、たんぽぽ色のスープをわけてくれました。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 みいちゃんは両手でお椀を受けとります。湯気がゆらゆらしてスープはまぼろしのように見えました。そっと口をつけるとふんわり広がる甘いカボチャの味に心も体もぽかぽかしてきます。
「おいしいね」
 となりでスープを飲んでいるお姉ちゃんと顔を見あわせてまたひと口飲もうとした時です。
 こつん、とくちびるに何かがあたりました。もしかして、とスプーンですくってみると星の形のパスタではありませんか!
「すごい。当たりだ!」
「みいちゃん、いいな~」
 お姉ちゃんたちが大きな声で言ったので近くの人たちがみんなみいちゃんを見ました。
「あらお嬢さん、おめでとう。こちらへどうぞ」
 スタッフの名札を付けたお姉さんがみいちゃんを駅の中にある本部につれて行ってくれました。駅の真ん中には小さなステージがあり、そこではなんと、駅長の制服を着たクロウサギが待っているではありませんか。
「あなたが幸運を手にした方ですね。おめでとうございます」
 クロウサギ駅長はにっこりとほほえみます。みいちゃんはびっくりして声も出ません。スタッフさんにつれられてステージにあがり、駅長から小箱を受けとりました。
「本当はこの駅のウミガメ駅長がお渡しするのがスジなんでしょうが、彼が渡すとなるとぬらしてしまいそうでして。それでかわりに私が」
 そう言って、クロウサギ駅長はみいちゃんに手を差し出しました。
「本当におめでとうございます」
 みいちゃんはどうにかお礼を言って駅長と握手をしました。つやつやの黒い毛並みがふわふわしていました。
 駅から出るとすぐにお姉ちゃんたちがくっついて来ました。
「ねえねえ、なんだった?」
「あけてみてよ~」
 急かされて包みをほどいてみると、それはクジラの模様が彫り込まれた木の小箱でした。ふたを開けてみると、中には星の形をした色とりどりのお菓子が入っています。
「うわ~、きれい」
「おいしそう」
 みいちゃんはうっとりとそれを見つめました。水色の星をひとつつまんでお空にかかげてみた時です。目の前のお菓子の星のずっと奥、夜空のてっぺんから銀色の星がすーっと流れました。
「あっ!」
 願い事どころか、ただ叫んだだけで流れ星は消えてしまいました。なんて短い時間なんでしょう。くやしくてじたばたしていると、会場の明かりが急に暗くなりました。明々と灯っていたランプが急に絞られ、小さな明かりだけになります。
「さあみなさん、お時間です。空をご覧ください」
 ざわざわとした人々の声がさざ波のように広がっていきます。その、ひと呼吸あと。大きな流れ星が水平線に向かって流れました。歓声が上がります。それがスタートの合図のように次々に星が流れ始めました。本当に星が降ってくるようです。
「なにこれ、すごい。すごいすごいすごい」
 息をつくヒマもなく星は流れます。ある星は雨のようにつつましく流れ、ある星は持てる力をいっぱいに解き放ったように消える間際に一番力強く光りました。なんという光景でしょう。その場にいる人みんなが圧倒されて、ただただ空を見上げていました。
 すると、その星降る空に静かで透明な唄が聴こえて来ました。人の声ではありません。それはクジラの唄でした。見れば、先ほど気球バスを引いてきたソラクジラが唄っています。500年に一度の流星群。ソラクジラだって初めて見るに違いありません。ゴンドラを外してもらったソラクジラは岬の周りをゆっくり回りながらゆうゆうと唄をうたいます。呼びかけにこたえるように星は降りそそぎ、夜遅くまで星と唄の共演は続きました。


「いやあアララキさん。ホンットすごかったですね。流星群もすごかったんですが、まさかソラクジラが唄うとは」
「びっくりしましたね。あのあと、海洋生物学者のオギさんにお会いしたので聞いてみたんですけど、流星群でソラクジラが唄うなんて今までに聞いたことないそうですよ。すごいものを見ちゃいましたね、いや、聴いちゃったのか?」
「写真、撮れました?」
「そこはぬかりなく。映像も撮りましたよ」
「さすがですね」
「今度上映会でもしましょうか」
「いいですね~」


「ねえ、そういえばきのうさ、願い事言えた?」
次の日の朝、ラジオを聴きながら上のお姉ちゃんが言いました。
「言えたよ。ウサギのドールハウスウサギのドールハウスウサギのドールハウスって」
下のお姉ちゃんは得意げです。
「すごっ。みいちゃんは?」
 みいちゃんはふふっと笑って星のお菓子をひとつ、口に放りこみました。会いたかったクロウサギ駅長に会えて、握手して、プレゼントまでもらって、ものすごい流れ星を見て、ソラクジラの唄を聴いたら、なんだかもう願い事なんて吹っ飛んでしまったのです。それで良いような、でもちょっと惜しかったような。みいちゃんはやさしい甘さのやわらかな星をのみこんで言いました。
「ひみつ」


「ではここで1曲おかけしましょう。ふやよみで「くじらくるりら」です」
 ラジオから明るい笛と弦の音が流れ始めました。今日も島の空をソラクジラがひく気球バスがのんびりと浮かぶことでしょう。


おしまい



三女の8歳の誕生日に「絵本作って」と言われて書いた話です。

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