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【小説】 後輩と私
はじめに
遡ること数年前の話。私は販売業に従事しており、新卒で入社してきた後輩の教育係を担っていた。
後輩は少し変わったところはあるが真面目で素直な青年だ。野球観戦を趣味としていて、中部地方を本拠地とするセ・リーグの球団のファンである。
私がその仕事を辞めてから後輩には一度も会っていない。しかし、今でも彼を思い出すことがある。
彼に似た芸能人がいるからかもしれない。某カップ麺のCMを見たり、ドラ○もんのオープニングテーマを耳にすると彼の顔が頭に浮かぶ。ここから先は彼のことを星野くんと呼ぶことにする。
私と星野くんが一緒に仕事をしたのは2年程度であったが、彼のエピソードは枚挙にいとまがない。今回は彼が倒れた時の話をしたいと思う。
突然倒れた星野くん
それは突然の出来事だった。何の前触れもなく、星野くんが倒れた。彼には持病もなく、いつもと変わった様子もなかった。
倒れたと言っても苦しそうな様子はない。あまりにも静かに、地面に吸い込まれるかのように倒れていったのだ。まるで眠りに落ちているかのような表情で、ぴくりとも動かない。
近付いてみると呼吸はあり、脈拍は正常だった。しかし、呼びかけても一切の反応がない。病院で診てもらうべきだろうと判断し、救急車を呼んだ。
病院へ同行する私
少しして救急車が到着した。星野くんは担架に乗せられて救急車に運ばれていった。
星野くんの尻ポケットには財布が入っていたが、そのままだと落下のおそれがあるとのことでことで私が預かることになった。私は救急車には同乗せず、自分の車で病院に向かった。
救急車が出発して少し経った頃、私は星野くんの荷物を助手席に乗せ、病院に向かっていた。イマイチ現実味がない。彼が何故倒れたのかは全く想像できず、大事無ければ良いなという気持ちだった。
保険証を探せ
病院に着いた私はやや広めのロビーで待ち続けていた。星野くんは意識を取り戻しており、念のため検査を受けているとのことだった。ひとまず安心といったところで、あとは検査の結果が悪くないことを祈るばかりだ。
「星野さん。星野さんの関係者の方」
「はい」
受付の女性に招かれた。もう少し時間がかかると思っていたので、私は少し慌てながら受付へ向かった。
「星野さんの保険証があるようでしたら提出いただきたいのですが」
今思えば普通本人が戻ってから本人が提出すべきだと思う。しかし、あの時は受付の人に命じられるがままに星野くんの保険証を探し始めていた。非常時で冷静さを欠いていたのかもしれないし、ただただボーッと待ち続ける事に嫌気が差していたのかもしれない。
私は星野くんに心の中で謝りながら保険証を捜索した。何故か中々見付からない。ポイントカードに紛れて出てきたあるカードに目を奪われた。
それは風俗の名刺だった。ド派手な用紙には手書きのメッセージが添えられている。大事に取ってある所が彼らしい。
きっと彼は元気だ。そっちが元気ならきっと身体も大丈夫だ。そんな根拠のない想いを抱きながら、私は星野くんの保険証を探し続けた。
星野くんの保険証は財布の中には入っていなかった。リュックのファスナーポケットの中にしまわれていたのだ。風俗の名刺よりも財布に入れておくべきでは?という気持ちでいっぱいになりながら彼の保険証を受付に提出した。
秘めたる欲望の開放
保険証の騒動からしばらく経った頃、星野くんは何事もなかったかのように戻ってきた。検査の結果は異常なし。健康そのもので、倒れた原因は不明とのこと。
「色々とありがとうございます。心配おかけしました」
星野くんは真っ直ぐな眼差しで私を見つめながら言ってきた。私は彼を直視できないまま、話を進める。
「何だか分からないのは少し気味が悪いけど、無事なら良かったよ。ところでさ」
「はい。何でしょうか」
星野くんは不思議そうな表情でこちらを見つめている。
「保険証を探すために荷物触っちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。見られて困るものもありませんし」
彼は平然と答えた。風俗の名刺については触れない方が良いのかもしれない。しかし、その時の私は真面目な彼の新たな一面に興味津々だった。
「名刺入ってたけど、風俗とかよく行くんだ?」
「学生の頃に行きましたが、就職してからは行ってないですよ。行ってみたかったんですよね」
星野くんは普段と変わらないトーンで返答してきた。だがよく見ると少しニヤけているようにも見えるし、わずかながらテンションが高いようにも見える。
その後、星野くんは別人のようにそういう話をするようになった。ある日は市内でTE○GAが最も安く購入できるお店を教えてくれたり、ある日はオナニーグッズの体験談を赤裸々に語ってくれた。
雨降って地固まるではないが、彼とは以前よりもずっと親しくなれたように思う。
余談
星野くんの原因不明の昏倒は社内でも話題になった。別件で社長が我々の所属する拠点を訪れた際、彼が倒れた場所を指さしてこう言った。
「ここに悪い気が溜まっている。ここの二階は霊の通り道になっているようだ。ガラスとか鏡はここに置かない方が良いよ」
指さされた先にはガラス板が複数枚積まれていた。取り急ぎそれらは他の場所に移動させることとなった。
私はオカルトやスピリチュアルな話を信じていないので後出しジャンケンのように感じていたが、他の人達は社長の発言に少なからず感銘を受けているようだった。
そのおかげなのか星野くんはその後倒れたりすることなく、元気に働いていた。稼いだお金でソープに行き、童貞を捨てたという。
私がその仕事を辞めたあともしばらくは彼から定期的に連絡がきていたが、最近ではそれもめっきり途絶えてしまった。
彼は、彼のムスコは、今でも元気にしているだろうか。
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