「なぜEUは、ロシアについて中国との対話を続けるべきなのか」 (Jusyna Szczudlik)(2024.5.21)

「EU(欧州諸国)は中国の対話の際に、必ずロシアによるウクライナ侵略の話を持ち出そうとするけど、それって意味あるんですか?」という趣旨のことを頻繁に質問されるのですが、今回ご紹介するポーランド国際問題研究所(PISM)のSzczudlikさんの論考は、EU(そのなかでも中・東欧諸国)の認識を過不足なく説明したものだと思いましたので、概要をnoteで共有しておきます。

オリジナルの論考は以下のサイトで掲載されています。

(実は私、5月末に1泊でポーランドに行っておりまして、現地の国際政治学者の皆さんからぶっ通しでロシアによるウクライナ侵略の話を伺ってきました。
大変勉強になったのですが、Szczudlikさんは今回残念ながらワルシャワにいらっしゃらなくてお会いできず、この重要なテーマについて彼女と議論できなかったので、悔し紛れに書いている次第です…)

以下、通し番号は便宜上東野がつけたものです。

1. 「中国は、2014年にロシアがクリミアを併合・占領した際には中立の立場だったが、2022年のロシアによる全面侵攻以降はロシアを支援している」と欧州諸国は見なしている。

2. 同時に欧州には、中ロが「古典的な同盟」ではなく、両者が必ずしも同意していない点もあることから、中ロのあいだにくさびを打ち込み、中国をロシアから引き離す余地があると期待する向きもある。また中ロ間に垣間見える些細な亀裂をもって、両者の関係を「便宜上の結婚」と喧伝し、将来的に両者が対立することを期待する声もある。

3. とはいえEUとその加盟国は、中ロ関係について、以下の点で基本的な認識を共有しているといえる。

・    中国は水面下でロシアを支援している
・    孤立し、制裁の対象となっているロシアに対して、中国は優位に立っている
・    中国との対話の際には、中国のロシアに対する協力について常に話をし、ロシアに侵略を辞めてウクライナの国土から軍を引揚げるよう、求め続けなければならない
・    中国がロシアに兵器を提供し、制裁逃れを支援するのなら、EU・中国関係は深刻なダメージを受けることを伝え続けなければならない

4. EUはこうした主張を、2022年4月のEU・中国首脳会議(オンライン)、2023年12月のEU・中国首脳会議(対面)、2024年5月の習近平国家主席の訪仏時(フォンデアライエン欧州委員長が同席)の際にも、そして2023年5月の李ユーラシア特別代表の訪欧時等その他の多くの機会を捉えて、中国に伝え続けてきた。

5. 同時に「中国とロシアの話をしようとしても無駄なのでは」という指摘もEU内部にはある。その論拠は、

・    習近平がウクライナの話をしたがらないのは明らかである以上、ロシアの話を持ち出し続けるのはかえって非生産的では
・    中国に圧力をかけようとしても、中国の立場に影響を及ぼすことは出来ず、中国を怒らせるだけでは
・    EU・中国間の他の重要な問題(注:EU・中国間の貿易不均衡や中国製EVへの補助金問題を指すと思われる)により多くの時間を割くべきでは

6. ショルツ首相は最近の訪中時にも、「中国は国連安保理常任理事国の一因として世界平和に責任を負う。中国の言葉はロシアにとって重みを持つ。だから私は、プーチンがこの正気の沙汰ではない軍事作戦をやめ、軍を引き上げ、この酷い戦争をやめるべく、影響力を行使して欲しいと、習近平国家主席にお願いしたのだ」と語っていたが、それも「これまでの2年間を踏まえても、まだ中国に期待しているのか」という趣旨の批判の対象になった。

7. しかしEUは、中国が本当にロシアに対して圧力を行使して戦争をやめさせてくれると真剣に期待しているのではない。万が一それが成功したとしても、プーチンがその中国の圧力に従うとも思っていない。

8. それでもEUが中国に対してロシアの話をし続け、「してくれそうもないこと」を要求し続けるのは、まずは「規範パワー」としての自らの役割に鑑み、国際法の遵守にあたってEUの一体性を維持することを目的としている。その上でEUが、中ロ協力の性質と協力内容、そこにおける中国の役割を常に注視しているぞ…という「シグナリング」の意味合いが強い。逆に、中国との対話においてロシアの問題を扱わないことは、EUのクレディビリティを損なうことになる。EUが中国の行動や、中国によるロシア支援を黙認すれば、中国は一層増長し、ロシアとの協力を強化しかねない。それは欧州安全保障にとってより危険な状況をもたらしかねない。

9. EUが中ロ関係の強化を認識しながら放置すれば、中国は大量かつ無制限にロシアに殺傷兵器を提供しかねず、それによってアジア太平洋地域における紛争に波及しかねない。これはEUがすでに想定していることであり、EUにとってのレッドラインでもある。

10. 従ってEUのなすべきことは、仮に中国が上記のレッドラインを超えたら、中国とEUとの関係は著しく悪化すると警告し続けること。同時に中国に対し、①中国のグローバルな責任、②中国の超大国としての地位、③ロシアに対する中国の優越性、を繰り返し確認し、習近平がプーチンに対してより手厚い協力を行おうとするのを踏みとどまらせるよう仕向けることである。

11.          中国が上記10.のレッドラインを超えたら、中・東欧諸国は西欧諸国と比べて深刻な打撃を被りかねない。ロシアが(中国の支援によって)攻撃性を強めたら、(中・東欧諸国が地理的に位置する)NATO東翼(Eastern Flank)地域が脅かされる。また台湾有事を含めたアジアでの有事の際には、貿易の混乱によって中・東欧諸国は経済的打撃を被るだろう。このため中・東欧諸国は西欧諸国に対し、「ロシアを巡る中国との対話を、欧州はやめてはならない」と説得し続けるべきなのである。

要約は以上です。

・・・とりわけ上記10に基づくEUの主張と働きかけを、中国がおとなしく聞き入れるかどうかは別問題だと思いますし、中国をよく知る方々からすれば
「甘い・・・だからEUは甘いんだよ!」
とまたしても思われてしまいそうです。
また、上記11.の「中・東欧の立場と影響」は、この論考の筆者の出身国ポーランドと、親中路線を崩していないハンガリーとのあいだで大きな温度差が存在します。

しかしそれでもこの論考は、EUの中国への働きかけのロジック(もしくはEUの典型的な発想)を、非常にスタンダードな立場から説明したものではあると考えます。
読者の皆様にとって、欧州の考え方の一つを知るきっかけの一つになれば幸いです。

今回のポーランド訪問に伴う他の国際政治学者の皆さんとの対話の興味深い部分に関しては、他の媒体に別途記事を出す予定です。

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