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笑顔の写真

都営大江戸線・赤羽橋駅を降り、地上に出た。
そこから数分歩いたホテルで、会議が行われる。
本当は出たくなかったのだが、タダで昼飯が付くぞ、と唆され、のこのこ参加することにした。

地上に出たはいいが、気が重い。
目の前に高く大きくそびえる東京タワーが見える交差点。
歩行者用の赤信号を見つめながら、このまま赤のままでいろ、そう思いながら信号待ちをしていた。

「あの・・・」
背後から遠慮がちな女性の声がした。
振り向くと、白いステッキを持った小さな女の子と、おそらくお母さん。お母さんのその手がスマホを握りしめ、私の方に差し出さんとしていた。

「あぁ、いいですよ。撮りましょう」
この交差点は、よく撮影する人がいる。なんとなくそんな気がしたので、言われる前に言ってみた。

スマホを預かり、構図を確認した。
「はい、じゃ笑ってみてください」
と言われても、大方の人は知らない人を前に自然に笑うことは難しい。
しかも、目を閉じたままの女の子は、ただ母親にしがみついているだけだった。

いったん、スマホを向けるのをやめ、どこから来たのか、どこに行くのかなど他愛のない話を手短にし、少し会話ができたところで、洋服を靴を髪をほめ、笑顔が出てきたところで、シャッターを何度も押した。

押し終わり、撮った写真を確認した。
直立不動で立った写真より、笑顔いっぱいの柔らかい感じが出ていて、よほどいい。
「何枚か撮ったので、気に入ったの選んでください」
と言ってスマホを渡した。

気付いたら、信号が青く点滅していた。
急いで渡った。
ふと振り向くと、お母さんが頭を下げ、女の子が小さな笑みで手を振っていた。
私も手を振り返し、会議に向けホテルに歩き始めた。

なんとなく気が軽くなった。
さ、タダの昼飯たっぷり食べて帰るぞ。

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