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面影とともに

あなたと歩く馬車道あたり 恋におちた日を思い出せば
待ちくたびれて朝が来たこと 涙ながして笑い過ぎたこと

みなとみらい線、馬車道駅の改札を出た。
耳を少しだけすませば聴こえる、ノスタルジックな曲。
思わず立ち止まって聴きいっていた。

  
  あった、あった、見つけた、ここだよ。
  本当だ、あってよかったわねぇ。
  
  でも、高そうな店だけど、いいのか?
  いいのよ、ボーナス出たし、お祝いだしね。
  それに私も来てみたかったの。

スマホはおろかネットも無い時代、ガイドブックを真剣に見ながら、土地勘のない街を彷徨い、ようやくたどり着いた店。
馬車道通りの一本裏にある、時代を偲ばせる佇まいの洋館。
その敷居は、当時の若い私たちには、いかにも高く跨げなさそうな雰囲気だった。
それでも、せっかくの私の誕生日だからと、着飾った少し年上の女性は予約した自分の名前を告げると、男性のコンシェルジュに席までエスコートされた。

   ごちそうさまでした。こんなの食べ慣れないから、疲れたけど。
   美味しかったわねぇ。今度は私にごちそうしてね。
   食べ慣れてるのでいいから。

食事が終わり、外に出た。
彼女は笑いながら言うと、私の左腕に右手を絡ませつかまった。
夜の馬車道の街は、どことなく煉瓦色に染まり、遠くに響く汽笛の音をたよりに、二人は海に向かって歩き始めた。


駅構内でしばらく曲を聴き、エスカレーターで地上に出た。
昼間の馬車道の街は、歩道のレンガの色がいっせいに彩っていた。
無造作に建て替えられた新しいビルたちだけが、高く眩しく銀灰色に照らされている。

馬車道通りの一本裏に入った。
はるか昔訪れた洋館の前を通り過ぎ、海の彼方に去った年上の女性を思い出していた。
腕につかまった洋館の入り口前は、何も変わっていなかった。

二人歩いた道の向こうに 夕焼けが見える
あなたと歩く馬車道あたり 煉瓦色の街





  

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