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『君と明日の約束を』 連載小説 第三十五話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いています。
よろしくお願いします🥀
毎日一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。
最後までいくと文庫本一冊分くらいになりますが、1つの投稿は数分でさくっと読めるようになっているので、よければ覗いてみてください!
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一つ前のお話はこちらから読めます↓

 彼女が目の前にいると、僕もつられて読書に集中できるせいか、いろんなことに巻き込まれてしまうからか、時間が経つのが早い。でも、巻き込まれやすいのは昔からなので、前者だろう。気づけばそろそろ帰らなければならない時間になっていた。

 エピローグを読みながら、何気なく顔を上げて彼女の様子を見る。彼女の手はお盆の上のコップに伸びていた。以前経験したのとほとんど同じ状況に遭遇したら、その後起こることを予想してしまう。僕は本に目を戻さず、彼女の方をじっと眺めていた。

 同じ状況がそろえば同じことが起こることは珍しくない。コップを戻す時、彼女の手がお盆に引っ掛かり、コップが倒れるのが見えた。
 幸い、逃げた水の反乱はお盆の中でほぼ完結したし、僕がこぼれた瞬間布巾を手に取ったので、前と同様、濡れたりすることなどはなかった。でも全てが同じにはならなかった。

「ごめんっ! またやっちゃった」

 唯一違ったことは、彼女が自身が水をこぼしてしまったという状況に気づいていたということだけだった。

 彼女は机にあったもう一枚の布巾を手に取り、お盆の中にこぼれた水を拭いたのだ。

「え」

 喉の奥から驚きの声が漏れる。

「水かかってない?」

 どうして何も教えてないのにそんな言葉が出る? いや、本来ならこっちのほうが普通の反応かもしれない、けどあの彼女だ。すぐ近くの泣き声にも反応しない彼女だ。
 僕は心配そうにしている彼女の顔をまじまじと見つめる。

「大丈夫、だけど」
「あ、やなんか」

 彼女の質問には答えたものの、その場には沈黙が流れる。気のせいだろうか。彼女の目の奥が曇っているような気がした。

「そろそろ帰るね」

 気まずい空気を感じ、僕はそれだけ言ってフードコートを後にした。


 彼女は小説を書いているときに、集中しているのではないのだろうか。さっきは何がどうなって彼女が自分のしたことに気がついたのだろうか。
 もしかしたら、ただ引っかかった時に手に衝撃を感じて気になっただけかもしれない。それとも、たまたま集中が切れるタイミングだったのだろうか。

「あんた!」

 食卓を挟んで向かい合っている母親が珍しく大きな声を張り上げる。驚き見ると、母親はクマのある顔を全力でしかめていた。

ーー第三十六話につづく

【2019年】恋愛小説、青春小説

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