『君と明日の約束を』 連載小説 第八十四話 檜垣涼
檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いている京都の大学生。
よろしくお願いします🏵
一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています。そろそろ終盤に差し掛かってきてます!
一つ前のお話はこちらから読めます↓
その中で僕は、なぜか、日織の置かれている状況を落ち着いて眺めていた。心が驚くほど凪いでいた。
彼女が小説を書くことをどれだけ大切にしてきたか、そんなこと僕も分かっている。
それなのに、彼女が小説に関することを忘れてしまったことが、些細なことにしか思えなかったのだ。
みんな日織に重い雰囲気が伝わらないように気を使っているけれど、日織はその変化を感じ取れないほど馬鹿ではない。
日織の手術が成功した時とは変わってしまった雰囲気に戸惑っているように見えた。
でも、と思った。気にはならなかった。
だって、彼女と約束したのだ。
それでも、慎重にはなった。忘れてしまった記憶を無理に思い出させようとするのは良くないと医師に忠告されたからだ。
だから僕は事前に確認し、彼女に小説を読んでもらった。彼女はその小説を面白いね、と言って読んだ。
「大丈夫か?」
慎一は彼女の様子を心配そうに眺めながら、さりげなく訊いてくる。
「大丈夫だと思うよ。ほら、本を好きなのは変わらないみたいだし」
「いや、日織じゃなくて、ミツが」
「それこそ大丈夫」
「……」
「何その目?」
慎一は驚いたような、情けない顔をした。そんな顔をする慎一を見るのは初めてだった。
「いや、なんか今日のミツ、ミツっぽくない」
確かにそう思われても仕方ない。ちょっとおかしいのだ。みんなほどこの状況を悲観的に見ることができなかった。
僕が病室を出て待合スペースに向かうと彼が後ろからついてくる。
「約束したから」
「約束?」
「最後まで日織が書く小説、手伝うって約束したんだよ。だから、こんなこと言っていいのかわからないけど、忘れてしまったことなんてどうでもいい」
虚をつかれたような顔をした慎一は、しばらくして吹き出した。怪訝な顔を彼に向けると、彼はそれを受け流して、微笑む。
「なんでも、手伝えることあれば言えよ」
「じゃあ……」
なんとなくそう言われるような気がしていた
「勉強教えて」
ーー第八十五話につづく
【2019】恋愛小説
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