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#ロンドンのウソつき 「キッカケ」 No.3

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#ロンドンのウソつき 「キッカケ」 No.3





「へー、学校の進路相談がイギリス留学のキッカケだったんですか!」

先月からインターンで入ってきた松下が興味津々な表情で言った。
彼女は紅茶を飲みながら僕の話を聞いている。マグカップたっぷりに入ったミルクティーがいかにもイギリスらしい。

松下は落ち着いた上品な雰囲気ながら21歳と若い。彼女は大人びた印象があるが表情や話し方はいかにも20代前半。初々しさや怖いもの知らずの生意気さがたまに見え隠れしていた。

「もう10年以上前の話だからねぇ。ほんとその時はトントン拍子で話が進んで自分でも戸惑っていたけれど、それもロンドンへ行くキッカケかなと思って。」

僕は滅多にする機会のない自分の話を真っ直ぐ聞いてくれる松下になんだか心地良さを感じていた。
少し照れ臭ささもあったけれど、特にすることもなかったので松下との話は続けた。

僕は今、イギリスでファッション情報誌の編集長をしている。
ファッション誌と言っても紙の雑誌ではなくオンラインで展開しているメディアだ。
日本語で日本へ向けてヨーロッパのファッション情報を発信している。
一応は編集長ではあるがスタッフは僕しかいない。

事務所はロンドン郊外にある小さな長屋の1室。
並びにはファッションブランドのアトリエやアーティストのスタジオなどがあり、ファッションとクリエイティブな雰囲気がある場所だ。僕はここが気に入っている。

そんな事務所の外の駐車スペースにわざわざイスだけを出して僕と松下はダラダラ話をしていた。
ロンドンではごく稀に起こる停電が事務所の地域で起こってしまい仕事にならない。
開き直って飲み物だけ用意して外で停電が終わるまで待っているところだった。

停電中なので電気ポッドが使えない。
ラッキーなことに事務所に引っ越したばかりの頃に使っていたキャンプ用のカセットコンロと鍋があったので暖かい飲み物用のお湯を沸かすことができた。

インターンの松下は紅茶がいいと言ったので自分用のコーヒーと松下の紅茶を作った。
コーヒーはベトナム雑貨で購入したベトナムコーヒーメーカーをいつも使っている。
メタルフィルターで淹れるコーヒーの独特の粗さ加減が癖になっており、もう5年以上愛用している必需品だ。
いつもコーヒーを淹れながら、”便利だけどこのフィルターは洗う時が面倒だよなぁ” と思いながら考え事をする時間が好きだ。

松下は僕がコーヒと紅茶を用意する間に指示どおり事務所のイス2脚を事務所の外に出してくれていた。

座ったタイミングで松下から出た質問が「イギリスに来たキッカケは何だったのか?」という内容だった。
別に前から気になったいた訳でもなく何気無い会話の糸口として出た質問だと分かっていたが、インターン生とのコミュニケーションの一環かなと思ってできるだけ細かく答えるようにした。


「だから専門学校の卒業までの1年間にとりあえず100万円は貯めようと思って。当時は必死にバイトしたよ。」

「そんなにお金貯めたんですか!?」

松下からすると100万円はすごい金額らしい。僕が100万円を貯めたことが信じられない様子だった。

「アルバイトは日雇いで引っ越しのバイトや倉庫の仕事、それに深夜の吉野家。知ってる?牛丼チェーン店の吉野家。日本で牛丼なら定番のお店。」

「知ってます!入ったことはないですけど。」

イギリス人と日本人とのハーフで日本に住んだことがない松下に、日本の常識を確認しながら話すことが2人の会話の決まりだ。
日本語を話すことができても20代でまだ日本に住んだことがないとなると、たまに話が食い違うことがある。
実際、彼女は ”うまい棒” や “サザエさん” など日本人なら誰もが知っている物を知らなかった。
なので会話の節々で「これは知ってるよね?」と確認する必要がある。

「専門学校の課題も忙しかったから、アルバイトとの両立は大変だったなぁ。しかも課題用に生地や材料を買うとアルバイト代も無くなっていくし。。。とにかくケチケチと生活してた。」

当時を思い出すと、すごく節約で辛い思いばかりした。
できる限りアルバイト代は貯金に回したいのでコンビニには入らない。学校帰りにお腹が空いても家で母親が用意してくれている夕飯まで我慢して真っ直ぐ帰る。などなど、毎日が節約の日々だった。

「なんとか頑張って1年間に100万円貯めたよ。それと親から50万円を支援してもらったなぁ。結局20万円で語学学校に入学。それだけでビザが取れる。でも後々調べるとビザ発行時に預金残高のチェックもされてるみたいで。ある程度の貯金がないとダメだったんだ。」

預金残高に明確な基準はなく、ネットで調べるとビザには預金100万円の証明が必要と良いという人や20万円でもビザが発行されたという人もいた。
僕は最悪アルバイトがイギリスで見つからなくても暮らしていける最低限の100万円を目標にしていた。

「あっ、でもイギリス留学を決めてすぐに50万円はポンと貯まっていたな。そうだ、思い出した。」

それを聞いて松下の眉毛がピクリと動いた。

「えっ?なんですがそれ?なにか悪いことでもしたんですか?」

「してないよっ!」

僕は自分でも忘れかけていた記憶を思い出し、頭の中で記憶を確認するかのように松下に話し始めた。

続く

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