ブドウ品種とその特徴香を知るとワインがより面白くなる
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ブドウ品種とその特徴香を知るとワインがより面白くなる


ソーヴィニヨン・ブラン/4MMP/ 猫のおしっこ

 ソーヴィニヨン・ブランというフランス原産の白ワイン用ブドウ品種がある。このブドウ品種は、近年フランスだけではなく南アフリカ、チリ、ニュージーランド、アメリカなど、世界的に栽培が広まっており、日本でもワインが作られ始めている。全世界で121,000ha栽培され、醸造用ブドウ品種としては世界第8位(2015年OIV)。

 このブドウ品種から作ったワインは、グレープフルーツやパッションフルーツ、グアバの果実、カシスの芽、ハーブのような植物的のニュアンスなどが感じられ、とても香り豊かなものが多い。この香りに由来する香り成分の1つに、4-メルカプト-4-メチルペンタン-2-オンがある。とても長い名前であるため、4MMPと略して呼ばれることが多い。この香り成分は、とても力価が高く、0.8ナノグラム、1リットルのワインに含まれていさえすれば、香るとされている。25mプールに一滴この香り成分を垂らすだけで、辺り一帯がこの香りでいっぱいになる力価だ。

 そして、ワインの含まれる濃度によって、感じ方が異なる。濃度が低いと、パッションフーツ、カシスの芽、濃度が濃いと「猫のおしっこ」と表現されることがある。実は猫のおしっこにも、4MMPとよく似た香り成分が含まれているためである。この表現はソーヴィニヨン・ブランワインを表現する上で、品種特徴が強く出ていることを示すことから、決して悪い表現ではない。ただし、人によっては香りが強すぎて、好みが分かれるのも確かである。ちなみに私は、どちらかというと猫のおしっこではなく、グレープフツーツの香りが豊かなものを好む。ソーヴィニヨン・ブランワインを飲む際は、そこに含まれるいろんな香りを探してみると楽しい。

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【参考文献】

Darriet, P., Tominaga, T., Lavigne, V., Boidron, J. N., & Dubourdieu, D. (1995). Identification of a powerful aromatic component of Vitis vinifera L. var. Sauvignon wines: 4‐mercapto‐4‐methylpentan‐2‐one. Flavour and Fragrance Journal, 10(6), 385-392.

シャルドネ/1-Methylpyrrole-2-methanethiol/ヘーゼルナッツ

 シャルドネは、フランスが原産の白ワイン用ブドウ品種である。栽培面積は211,000haで、醸造用ブドウ品種として世界5位(2015年OIV)となっている。日本でも長野県、山梨県はもちろん、全国的に栽培がされているとても重要なブドウ品種である。

 シャルドネの香りは、パイナップル、アプリコット、よく熟したグレープフルーツ、オレンジなどの柑橘といった果物の香りと、アーモンド、ヘーゼツナッツといった香りがあることがよく言われる。最近、このヘーゼツナッツの香りの由来となる香り成分がフランス、ボルドー大学の研究チームによって発見された。シャルドネの特徴香成分は、長年世界中で研究されてきたが、解明が進んでおらず、謎に包まれていた。この研究成果は、ワインの香り研究にとって歴史的な快挙である。その香り成分の名前は、1-Methylpyrrole-2-methanethiol1-ethylpyrrole-2-methanethiolという化合物である。

 とても香りとしての力価が強く、それぞれワイン1Lに対して0.7 ng、 1.4 ng含まれているだけで香りとして貢献する。これらの物質もソーヴィニヨン・ブランの特徴に含まれる香り成分として紹介した4MMPと同じチオール化合物のカテゴリーに分類される。チオール化合物は概して香りの力価が強い。著者は、ボルドー大学に通っていた際に、これら2つ化合物を実際に嗅いだ事が有る。あくまで個人的な官能表現になるが、上記の前者のほうがよりフレッシュなヘーゼルナッツを砕いたようなニュアンスがあり、好ましく感じた。後者はやや酸化した脂のニュアンスが混じる。

 2017年に発表された新しい研究成果であり、まだ追随する研究が少ないが、本研究成果がきっかけとなり、世界各国、或は日本各地域で作られるシャルドネワインの個性の違いを説明できるようになることを期待する。

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【参考文献】

Gros, J., Lavigne, V., Thibaud, F., Gammacurta, M., Moine, V., Dubourdieu, D., ... & Marchal, A. (2017). Toward a molecular understanding of the typicality of chardonnay wines: Identification of powerful aromatic compounds reminiscent of hazelnut. Journal of agricultural and food chemistry, 65(5), 1058-1069.

シラー/rotundone/胡椒

 シラーは、フランスのローヌ地方原産の赤ワイン用ブドウ品種である。世界的にも栽培が広がり、栽培面積190,000haで世界6位の醸造用ブドウ品種となる(2015年OIV)。オーストラリアでは、シラーズという名称で呼ばれている。

 ワインの特徴は、ブラックベリーなどの黒い果実の香りとともに、胡椒のようなスパイシーな香りを持っている。この胡椒のような香りはrotundone(ロタンドン)という成分に由来するということがオーストラリアの研究グループによって明らかとなった。この香りは先に説明した4MMPなどのチオール化合物とは異なり、セスキテルペンに分類される化合物である。

 多くの人は、この香り成分の香りをワイン1Lに対して16 ng含まれるだけで香りとして感じる。「多くの人」としたのは意図があり、実は約20ー30%の人はこの香り成分に対して遺伝的に嗅覚脱失(アノスミア)であるという報告が有るためだ。著者は、このロタンドンを知覚することができるが、知り合いには感じない人がちらほらいる。つまり、同じロタンドンを含むシラーワインでも、香りを感じる人と感じない人が存在し、違う香りの特徴を感じているということである。1つの香り成分だけで、ワインの特徴を表現することは出来ない事を改めて感じた。

 ロタンドンは、ブドウにとっては寒さ、土壌水分が高い、などの環境ストレス、虫やカビ由来の病気に対応するために作る香り成分である。ロタンドンを含む、セスキテルペンに分類される化合物は、往々にしてそういった植物の環境適応に必要な化合物として作られるものが多い。そのため、寒い土地で育ったシラーはロタンドンを多く含み、とってもスパイシーなワインになる。暖かい土地で育ったシラーは、スパイシーのニュアンスよりは、果実のニュアンスがとても豊かなワインになる。

 実は、日本でも長野県や山梨県でシラーの栽培が少しずつ増えている。フランスなどの海外で生産されるシラーワインと比べると、日本のシラーワインはスパイシーな特徴がより強い傾向にある。日本は、海外と比べて標高が高い産地(寒い産地)でシラーが栽培されていたり、雨が多く土壌水分が高い産地が多いためではないかと考えられる。スパイシーなシラーワインが好きな著者にとっては日本はとても良い気候である。

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 【参考文献】

Wood, C., Siebert, T. E., Parker, M., Capone, D. L., Elsey, G. M., Pollnitz, A. P., ... & Krammer, G. (2008). From wine to pepper: rotundone, an obscure sesquiterpene, is a potent spicy aroma compound. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 56(10), 3738-3744.

Takase, H., Sasaki, K., Shinmori, H., Shinohara, A., Mochizuki, C., Kobayashi, H., ... & Takata, R. (2015). Analysis of rotundone in Japanese Syrah grapes and wines using stir bar sorptive extraction (SBSE) with heart-cutting two-dimensional GC-MS. American Journal of Enology and Viticulture, 66(3), 398-402.

甲州/3MH or Damacenone/グレープフルーツ or リンゴのコンポート

 ワイン用ブドウ品種は、たとえばフランスやイタリアなどが原産であるとされるが、日本にも存在する。そのブドウ品種が甲州である。その起源は、ヨーロッパで栽培されるワイン用ブドウ品種と同様に、カスピ海周辺の地域とされる。このカスピ海周辺から、シルクロードを介し、中国を経て、日本に伝来したといわれている。この甲州には、2つの説があり、約1300年前(奈良時代)の高僧である行基が発見し、薬草として育て始め、甲州となった説と、約800年前に現在の山梨県甲州市勝沼町にて雨宮勘解由が発見した説がある。いずれにしろ、日本に昔から存在し、栽培されてきたことが分かる。

 甲州の大きな特徴は、ブドウの果皮がピンク色であることである。多くのワイン生産者は、このブドウを搾り、果汁にしたのち、アルコール発酵させ、白ワインを作っている。出来たワインの香りの特徴は、かぼすやすだちといった和柑橘、モモやリンゴなどの果実、白い花のような香りのするものなどがあり、全体的に繊細で穏やか。味わいは、酸がしっかりしたものが多く、柑橘の皮を想起させるような心地よいほろ苦さがある場合がある。

このようなスタイルの甲州の特徴香としては、3-Mercaptohexan-1-ol (3MH)が挙げられる。4MMPと同様チオール化合物であり、ソーヴィニヨン・ブランの特徴香として知られるこの化合物は、2004年に甲州ワインにも含まれることが確認された。その香りの特徴は、グレープフルーツのような爽やかな柑橘様の香りである。その香りはワイン1L当たり60ng含まれることで香りに貢献する。上に記載したように、甲州ワインの表現として和柑橘を挙げることが多い。これを構成する香り成分が3MHであると著者は考えている。

 甲州ワインにはもう一つのワインスタイルがある。近年、甲州のピンク色の果皮の持ち味を全て引き出すために、赤ワイン醸造のように、果汁と果皮を浸漬し、アルコール発酵(醸し発酵)をし、ワインとして仕上げる生産者も増えてきた。このような白ワイン用ブドウ品種を赤ワインのように仕込むスタイルは、海外で人気が高まっており、淡いオレンジ色をしているので、オレンジワインと表現されることもある。

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 著者自身も甲州のオレンジワインを作っているが、白ワインとは異なり、リンゴのコンポート、ダージリンティーなどの紅茶のような香り、カリン、スパイスなどのより複雑な個性がでていて、味わいはふくよかで心地よい渋みがほどよくある、魅力あるワインができていると思う。このリンゴのコンポートといった香りを与える化合物は、β-damancenoneが知られている。ノルイソプレノイドに分類されるこの化合物は、ワイン1L当たり40-60 ng含まれると香るとされる(文献によって報告例に差がある)。一般にブドウの果皮に含まれるβ-carotene(オレンジ色の色素)がブドウの成熟や醸造の過程で分解され、β-damacenoneが生じる。甲州のオレンジワインを作る行程で行うブドウを果皮をつけ込んで行う醸し発酵は、β-damacenoneを引き出すためには適した醸造法と言える。

 このように、甲州は、白ワインにもオレンジワインにもなる多様性を秘めたとても魅力あるブドウ品種である。しかも、日本原産という唯一無二性がある。日本でワインを作る以上、とても強力な武器になるブドウ品種だと著者は感じてる。是非、両スタイルのワインを味わって頂き、違いを評価してほしい。

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【参考文献】

Kobayashi, H., Takase, H., Kaneko, K., Tanzawa, F., Takata, R., Suzuki, S., & Konno, T. (2010). Analysis of S-3-(hexan-1-ol)-glutathione and S-3-(hexan-1-ol)-L-cysteine in Vitis vinifera L. cv. Koshu for aromatic wines. American Journal of Enology and Viticulture, 61(2), 176-185.

Kobayashi, H., Tominaga, T., Katsuno, Y., Anzo, M., Ajimura, K., Saito, H., ... & Konno, K. (2007). Effect of improvement factor for β-damascenone content in Koshu wine and application to wine making. J ASEV Jpn, 18, 22-27.

リースリング/Linalool/バラ、レモン

 ドイツで最も多く栽培される白ワイン用ブドウ品種である。世界的に約63,000ha栽培され、そのうちの約24,000haがドイツ、次いでルーマニア約6,000ha、USA約4,600ha、フランス4,000ha、以下他国となる(2015年OIV)。個人的にはルーマニアの栽培面積が多いのは意外であった。

 リースリングから醸造される白ワインは、バラ、レモンなどの柑橘、スズランやユリといった白い花のニュアンス、リンゴなどのような香りと表現され、味わいは豊かな酸とミネラル感が特徴である。

 このブドウ品種の特徴香としては、モノテルペン類が挙げられる。モノテルペンに分類される化合物は、ブドウやワインの中で22種類見つかっているが、今回はその代表格である、Linalool(リナロール)を紹介したい。リナロールは、ワイン1L当たり50μg存在すると香りに貢献する。その官能表現としては、バラ、レモン、コリアンダーシードなどの表現がされる。実際、上記の花、果実、ハーブにリナロールは多く含まれる。また、ビールの原材料であるホップにも多く含まれ、ビールの香りを構成する重要な香り成分でもある。

 もう一つ、リースリングの香りを表現する上で1,1,6-trimethyl-1,2- dihydronaphthalene、長く難しい名前なのでTDNと呼ばれる香気成分がある。この香気成分は、ワイン1L当たり1 - 2 μg含まれるとワインの香気に影響を与えるとされる。この官能表現は「石油のような」、フランス語でペトロールと表現される。長らくこの香りこそ、リースリングの特徴的な香りとして認識されてきたが、フルーツやフローラルな香りといった他の香りをマスキングしてしまうため、近年欠陥臭として認識されている。ノルイソプレイドの仲間とされ、ワインやブドウの中に含まれている色素であるカロテノイドが酸化・分解されて生じる香りで、特に熟成した古いヴィンテージのリースリングワインに多く含まれる。カロテノイドの分解は酸の高いワインで進みやすく、豊かな酸が特徴のリースリングはTDNを生じやすいワインであると言える。

 オーストラリアの研究グループの研究によると、コルク栓はTDNを吸着する能力を持ち、コルク栓で充填された場合、ワイン中のTDN濃度を50%程度低減できるという。もちろん、スクリューキャップで栓をされたワインにはこの低減効果は期待できない。スクリューキャップはコルクに比べて酸素透過性が低く、ワインの香りをフレッシュに保つことが出来るが、リースリングの場合はTDNが多くなり、逆にフレッシュな香りをマスキングしてしまう可能性があるため、注意が必要である。確かに、産地の影響もあるが、スクリューキャップで栓されたリースリングワイン(オーストラリアやニュージーランドに多い)は、軒並みペトロール香が高いように思う。

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【参考文献】

Sasaki, K., Takase, H., Matsuyama, S., Kobayashi, H., Matsuo, H., Ikoma, G., & Takata, R. (2016). Effect of light exposure on linalool biosynthesis and accumulation in grape berries. Bioscience, biotechnology, and biochemistry, 80(12), 2376-2382.

Sacks, G. L., Gates, M. J., Ferry, F. X., Lavin, E. H., Kurtz, A. J., & Acree, T. E. (2012). Sensory threshold of 1, 1, 6-trimethyl-1, 2-dihydronaphthalene (TDN) and concentrations in young Riesling and non-Riesling wines. Journal of agricultural and food chemistry, 60(12), 2998-3004.

マスカット・ベーリーA/Furaneol/イチゴ

 生食用としても人気があり、醸造用ブドウとして日本で最も栽培されているマスカット・ベーリーA。山梨県を中心に、兵庫県、山形県、長野県、広島県、新潟県など、全国で栽培され、生食或は醸造用に使用されている。

 新潟県上越市にある岩の原葡萄園の創業者であり、「日本のぶどうの父」とも呼ばれる川上善兵衛氏が、病虫害や多湿に強い日本の環境に適用した醸造用ブドウ品種の開発を行い、1940年に発表された交雑ブドウ品種の1つである。母方にベーリー(北アメリカ原産、Vitis labrusca)、父方にマスカット・ハンブルグ(ヨーロッパ原産、Vitis vinifera)をかけ合わせて生まれたとされる。実は、「A」だけではなく、マスカット・ベーリー「B」も同時生まれたが、普及せず現在は系統として存在するか、定かではない。

 マスカット・ベーリーAを用いて赤ワインやロゼワインが醸造される。香りは、よく熟したイチゴ、サクランボといった赤い果実の香り、砂糖を少し焦がしたキャラメル、綿菓子といった甘いニュアンスの香りがあるとよく表現される。口当たりは柔らかく、渋みも穏やかなワインが多い。

 このブドウ品種の特徴香としては、furaneol(フラネオール)が知られている。この香気成分は、ワイン1L当たり60 μg存在すると香りに貢献するとされる。イチゴやパイナップルといった果実にも多く含まれ、マスカット・ベーリーAから出来たワインがイチゴの香りと表現されるのはこの由縁である。

 北アメリカ原産Vitis labruscaの血が入っていることもあり、他のヨーロッパ原産Vitis viniferaの赤ワイン用品種と比べて、香りが強く、繊細さが欠けるとして醸造家の中でも好みが分かれるブドウ品種では有るが、個人的にはその何処と無く泥臭く、田舎っぽさが如何にも日本らしくて愛らしく思う。日本人の醸造家として大切にしていきたいブドウ品種である。

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【参考文献】

Kobayashi, H., Sasaki, K., Tanzawa, F., Matsuyama, S., Suzuki, S., Takata, R., & Saito, H. (2013). Impact of harvest timing on 4-hydroxy-2, 5-dimethyl-3 (2H)-furanone concentration in ‘Muscat Bailey A’grape berries. Vitis, 52(1), 9-11.


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ワイン醸造家、工学博士。一人でも多くの人がワインがより楽しくなる日常を目指して。コロナなんてふっとばせ!