見出し画像

ストローワイン(Straw wine)に挑戦してみた

2020年ヴィンテージの仕込みが終わり、あっという間に2021年を迎えた。

しばらくさぼっていた筆をとり、今年新しく始めた仕込みを紹介しながら、振り返ろうと思う。

2020年は大きく世の中がかわり、必ず歴史に残るヴィンテージとなると考える。もちろんそれはブドウの品質が素晴らしいという理由から稀に言われる、偉大なヴィンテージというわけではない。

数年後、もしかすると数十年後も2020年をラベルに記したワインをお客様が見る度に、この世の中の変化を思い出すかもしれない。その時思い出す内容がお客様にとって良い事であれば素晴らしいことだが、きっと暗い事のほうが多い年になったように思う。

そんな時、開封した2020年のワインが、少なくともお客様にとっての喜び、話の種に繋がればと思い、昨年のワイン造りにはこれまで以上に気合いを入れて望んだ。

そのために、今まで取り組んだ事の無い、新しい取り組みを1つでも多くやってみようと考えた。その1つが甲州ブドウを用いたストローワイン(Straw Wine)だった。

この取り組みを振り返るために、ストローワイン造りについてまとめた記事を公開したいと思う。

ストローワイン(Straw Wine)とは?

 伝統的には藁(ストロー、Straw)の上にブドウを敷きつめ、水分を飛ばし、干しぶどう状態になったものを仕込み、ワインとするものだ。

 一般的にストローワインといえば、甘口のデザートワインを想起され、代表的なものとして、フランスのジュラ地方でシャルドネ、サバニャン、プールサールといったブドウ品種から造られるヴァンドパイユ(vin de paille)などが挙げられる。一方で、辛口のワインも存在し、その代表格としてはイタリアのヴァルポリチェッラ地方で栽培されるコルヴィーナとロンディネッラという黒ブドウ品種から造られるアマローネ(Amarone della Valpolicella)がある。また、途中で発酵を止め、甘口に仕上げたものはレチョート(Recioto della Valpolicella)と言われる。

 この製法は、古くはギリシャやオーストリアの幾つかの地域において先史時代から行われていた歴史がある。現在はイタリアやフランス、スペイン、ドイツ、オーストラリア、アメリカなど世界各国にてこの技術を用いてワインが造られている地域、生産者が存在する。日本においても、マスカット・ベーリー Aなど、様々なブドウ品種を用いて先んじて取り組まれている生産者が各地で存在する。

製法の特徴

 ストローワインの語源にもなった、ブドウの下に敷く、藁(ストロー、strew)は通気性と吸湿性がよく、ブドウを健全に乾燥させることに優れていたため、好んで用いられていた歴史があります。現在は、藁よりも丈夫で衛生面で優れたプラスティック製の網、木製或はステンレス製のラックなどが用いられる。干し柿を造るように、ロープで天井から吊るす方法を用いる生産者もいる。

 乾燥させる期間は異なり、1ヶ月から4ヶ月間等と生産地域によって様々、場合によってはルールが設けられている。その間にブドウから水分が蒸発し、ブドウに含まれる糖分、酸、タンニン分、香り成分が濃縮されていく。その代わりにブドウの重量は30−50%程度、減少するため、一般なワインと比べると、ブドウ重量当たりの生産性は悪いデメリットもある。

 特に湿度の高い日本の場合、例えば通気性を担保するため、送風機の設置や、雨が少なく比較的乾燥している晩秋から冬期にかけて行うなどの工夫が必要である。

ブドウ品種によって水分の蒸発のしやすさは異なる

 調べてみると面白い事も分かった。水分の蒸発し易さがブドウ品種によって異なることという。これは、ブドウ品種によってブドウ果皮の厚さや構造が異なるためである。例えば、シラー、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、コルヴィーナ、サンジョヴェーゼなどのブドウ品種を乾燥させた場合、最も早く水分が蒸発し易いブドウ品種はシラー、次いでカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、サンジョヴェーゼ、コルヴィーナという報告がある。

 シラーやカベルネ・ソーヴィニヨンは、他のブドウ品種と比べてブドウ果皮が薄く、表皮の細胞層の数も少ない。そして隣あった表皮細胞間の隙間が比較的大きくルーズな構造になっているため、水分が蒸発し易い。一方で、コルヴィーナやサンジョヴェーゼは表皮細胞の層がより多く、更に表皮細胞同士がコンパクトに隙間なく並ぶ構造になっており、水分が蒸発し難い。

乾燥しやすいさ

 コルヴィーナは、伝統的な辛口のストローワインであるアマローネの原料となるブドウ品種である。ストローワインを造るには、「シンプルに水分が蒸発し易いものが向いている」というわけではないのだろう。乾燥期間で注意すべき点は、ブドウが傷つき、そこからカビや虫が発生すること等が挙げられる。ブドウ果皮が厚いということは、丈夫であり、乾燥期間中の取り扱い易いのかもしれない。確かに、甲州ブドウは、水分の蒸発はゆっくりだったものの、とてもブドウ果皮が厚いブドウ品種であり、乾燥中にと取り扱いし易かった印象がある。ストローワインを造るには、向いたブドウ品種なのかもしれない。

収穫された後もブドウは生きている

 乾燥中もブドウ果実の細胞は一定期間は生きており、そこに含まれる果実成分は変動している。例えば、ワインの赤い色調を構成するポリフェノールであるアントシアニンは一時的に増加した後、減少に転じる。一方で、レスベラトロールといったスチルベノイドに分類されるポリフェノールは乾燥中に増加することが報告されている。一般に、スチルベノイドは病原菌などのストレスから身を守るためにブドウ自身が造る抗菌性の高い成分である。基本的に味は無いため、増えてもワインの味わいには影響しない。

 香り成分としては、特にセスキテルペノイドが増加することが報告されている。近年、シラーの特徴香として知られるようになった胡椒様の香りを呈するロタンドンもセスキテルペノイドの仲間である。一般にセスキテルペノイドの仲間はハーブやスパイスに多く含まれている。

 乾燥させることで、フレッシュで生き生きとした香りや味わいはワインとして表現出来なくなるが、熟した果実や蜂蜜、ドライフルーツ、ハーブやスパイスのニュアンスをワインに表現できる。

なぜこの製法に着目したか

 2020年は甲州にこの方法を試してみた。今回は、甘口のデザートワインを造るためではなく、辛口のワインを造るためだった。

 甲州は、他のブドウ品種に比べて、糖分の蓄積が緩慢で、糖度が低い傾向にある。例えば、GI地理的表示山梨の糖度基準において、シャルドネやメルローといった欧州系ブドウ品種は18°以上が基準であるが、甲州は14°以上と低く設定されている。

 糖度が14°の果汁を発酵させ、ワインにした場合に得られるアルコール濃度は、8-9%となる。もちろん、このままでもさっぱり、比較的軽い飲み口のワインとして楽しめる品質にもなるが、より深い味わい、飲み応え、複雑さを加えたいという思いから、甲州ブドウを干してみようと考えた。

 もちろん、補糖(糖分を足す作業)をし、発酵によってアルコール濃度を調整するほうがより簡単で、経済的であるため、大部分のワインは補糖という手段をとっているが、今回は採算度外視好奇心から、まずはやってみたわけだ。

乾燥して出来た甲州果汁

 最初の糖度が約14°前後のところから、約1ヶ月間乾燥させた。乾燥した甲州は房のままプレス機で搾って果汁にした。結果、30%の重量を失い、糖度約17°の甲州果汁を得る事が出来た。

画像2

 計算上、約10%のアルコール濃度のワインが出来る。一般的に流通しているワインはアルコール12%前後のものが多いが、それに比べては低い水準だが、乾燥によって酸度、タンニン分、その他味わい成分も濃縮されているので、最終的なワインとしてはバランスよく仕上がると考え、予定通り補糖等は行わなかった。

 実は現在、1月2日においても冬の寒い気温の中、ゆっくりと樽の中で発酵を続けている。出来映え評価が出来るのは、来週頃だろう。どんなワインに仕上がっているか、お客様にお出し出来る品質のワインができるかどうかは、乞うご期待。

改めまして、あけましておめでとうございます。2021年が皆様にとって良い年になりますように。

引用文献

Zenoni, Sara, et al. "Disclosing the molecular basis of the postharvest life of berry in different grapevine genotypes." Plant physiology 172.3 (2016): 1821-1843.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?