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第2話 対話【死生の天秤】小説

■第2話の見どころ

・箕島の罪
・踏み込んだ質問
・その意図は?

第1話を読んでみる(第1話はフルで読めます)

-1-

笛木祥吾(ふえき しょうご)は、瞼の向こうに光を感じて、ゆっくりと目を開けた。

「っつ……!」

首を動かすと、右肩に痛みを感じた。一つに気づくと、右の脇腹、腕と、痛みが連鎖反応のように増えて、いっそう顔がしかむ。
今度はゆっくりと、首を動かす。痛みはあるが、動かすことはできる。頭には包帯が巻かれているようで、それに気づくと、ズキズキと痛んだ。

「……病院?」

白い壁に、白いベッド。だが、部屋には他の患者はおらず、ベッドも普通のベッドより広く、ヘッドボードの近くには、何やらゴツい器具が置かれている。なぜ自分がこんな場所にいるのか、記憶を辿ると、意外と早く思い出すことができた。

「事故か……」

道を歩いていて、おそらくは酔っ払いの車に轢かれた。だがそもそも、自分はなぜあの場所を歩いていた? どこを目指してたのか……

壁の一点を見つめたまま、脳内を歩いていると、答えが見つかった。

「そうか、あの人の生家を探して……」

思い出すと同時に、目的は果たせていなかったことに気づいたが、急ぎ動かなければならないことでもない。
笛木は、目覚めたことを知らせるために、ナースコールを押した。まもなく、看護師がやってきて、微笑んだ。

「思ったより元気そうですね。お体の状態はどうですか?」

「ええ、おかげさまで。体中痛みますが、なんとか」

「肋骨が3本、折れてます。あとは頭の傷。車にぶつかって倒れたときに頭を打ったみたいで、もし発見が遅かったら、危なかったかもしれません」

「そうですか、不幸中の幸いでしたね」

笛木は穏やかに返した。

「誰かが救急車を呼んでくれたんでしょうか?」

笛木が聞くと、看護師は、

「ええ、通りかかった人が連絡をくれたみたいです」

と言った。

「お礼を言いたいのですが、その方と連絡は取れますか?」

「大丈夫だと思いますけど、先生に確認しますね。それと、警察の方が話を聞きに来ると思います」

「車の持ち主のことを?」

「ええ、逃げてしまったみたいで」

「なるほど」

「先生を呼んできますね」

看護師が部屋から出ていくと、笛木は胸に手を当てて、幸運に感謝した。痛みはあるが、この傷なら回復までそれほど時間はかからない。それにもし脳に損傷を負っていたら、いろいろと問題も出てくる。それを思うと、この程度で済んだのは運が良かったと感じた。

「失礼します」

声と共に、白衣の男と、先程の看護師が入ってきた。

「なるほど、確かに元気そうだ」

医者は目をパチパチさせている。

「手術したばかりとは思えませんね」

「体が丈夫なのが取り柄なので」

笛木が照れたように笑うと、医者も頬を緩めた。

「体が丈夫なのは財産ですよ。こういう仕事をしていると、本当にそう思います」

「あの、早速ですが……」

笛木はゆっくりと姿勢を正した。

「いつまで入院になります?」

「気が早いですね。確かにあなたは……笛木さんでしたね、驚くほどの回復力ですが、重傷には違いありません。一ヶ月ぐらいは見ていただきたいですね」

「一ヶ月……分かりました」

「費用のことでしたら……」

「いえ、そっちは気にしてません。
ありがとうございます、まずは、回復に専念します」

「それがいいですね。
あ、そうだ、彼女から聞いたかもしれませんが、笛木さんが大丈夫そうなら、警察の方が話を聞きたいそうです、ひき逃げ犯のことで。対応可能と伝えても大丈夫ですか?」

「ええ、問題ありません」

「承知しました。では伝えましょう。ご家族への連絡は?」

「あ、そっちは大丈夫です、自分で。それよりも」

「ん? 何か他に?」

「救急車を呼んでくださった方にも、連絡取れますかね? お礼を言いたいのですが……」

「警察の方も、笛木さんの意識が戻ったら、その方とも合わせて話を聞きたいと言ってたので、伝えておきますよ。私は連絡先を知りませんが、警察は把握してるはずなので」

「分かりました。よろしくお願いします」

一人になると、笛木は自分の体を確かめるように、頭のてっぺんから爪先まで、順番に意識を向けた。頭はズキズキと痛む。手術したのだから当然かもしれない。折れた肋骨はもちろん、腕、足にも、それぞれ程度の違いはあれど、痛みを感じる。

(一ヶ月……)

笛木は何かを思い出したように部屋中を見回し、テーブルの上に置かれた財布や二台のスマホを見つけると、力を抜いた。
やがて食事が運ばれてくると、ゆっくりと口に入れて、食べ終わると同時に襲ってきた眠気に身を任せた。

-2-

「……」

遠くで、スマホが鳴る音が聞こえる。

「……誰だ」

時計も見ないまま、ベッドから這い出ると、リビングまで歩いて、スマホを手に取った。

「はい……」

寝起きのかすれた声で言うと、電話の向こうから野太い声が聞こえた。

「箕嶋さんですか?」

「どちらさまで……?」

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