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どうやって無難に生きるかよりも、本気で何がしたいかを優先する生き方

こんにちは、Hideです(^ ^)

杜の都も昨夜雪が降り、少しだけ積もりました。

もう3月ともなると、地熱が高くなるので、道路の雪も直ぐ解ける様子を見ていると、春が近づいてくるのを感じますね。

春は、旅立ちの季節なんて言いますが、人生の節目でもある時期を迎えている方も多いのではないでしょうか?

今回は、高卒で社会に出て、40年以上が経ちました。

自分が生きて来た道を振り返って、感じる事は、生きてゆく方法は一つじゃないし、様々な考え方があるように、生き方にも人それぞれあって良いんじゃないか、という事についてお話ししていきます。

昭和時代 無難な生き方が最良と考えられていた時代 与えられた選択肢も少なかった

私が高校を卒業して就職したのは、昭和58年(1983年)で、わかりやすいところだと、ちょうど4月に東京ディズニーランドがオープンした年だ。

今とは比べようもなく物質的にも取り巻く世の中の情勢も違っていた。

世の中の景気は良く、就職も正社員で働くのが当然の事で、学歴や能力によって差はあれど、普通に学校を卒業した人間でも、たとえ高校や大学を中退した人間にもそれなりに、安定した職に就けた時代だった。

給料などの待遇面に多少差があれど、それなりに安定した生活は送れた社会であった。

もちろん、その頃は非正規社員みたいなのは、今ほどなかったが…

当時フリーターと呼ばれる、組織に縛られず、時間や休みを優先させ稼ぐ働き方も出て来た頃でもあった。

それでも決定的に現在と違うのは、フリーターつまり非正規の方が、月単位で見れば稼げたのだ。

好景気で、企業も人手不足であった為、製造業などそれを埋める為に非正規を一時的なビジョンで雇ったりしていたが、人が集まらないし、好景気で経済的に余裕のあった企業側は、高額な賃金を正社員よりも非正規に使っていたのだ。

なんとも捻れた状況ではあったが、そんな事からあえて正社員を選ばない者いた。

そろそろ安定した職に就こうかと思えば、選べるほど職はあった。

当時自分は20歳前後だったということもあったとは思うが、中高年でもそれなりに正規雇用では働けた。

今では考えられない雇用状況だった。

やはりバブル景気の影響が強かった。

まずそういうフリーター文化もあったという話だが、基本的な考え方としては新卒で一流企業に就職して定年まで勤め上げるが、サラリーマン人生のスタンダードになっていた。

たとえ、中途採用であっても長く働いてナンボという考えが通常であった。

そんな景気だから、新卒者は優遇され、詳しくは言いませんが待遇面も凄かったです。

やはり、無難に大きな組織に帰属し、定年まで全うすることが、無難で人生を安定させる方法だと、一般的に考えられていた。

サラリーマンや公務員は、給料も安定してもらえるし、社保や厚生年金もしっかりしているので、安定を求めるには理想的な就職先だった。

バブルが弾けるまでは…

バブルが肘蹴ようと、そんな保守的な考えは変わる事はなかった。

もう、私はそういうオーソドックな生き方が、ジャパニーズ文化なのだろうと感じていました。

バブルの崩壊 リストラ デフレ 昭和時代の”安定”はどこかへ消えてしまったのか…

やがて、昭和後期からの、バブル景気(1985年〜1991年)は、終焉を迎える事になるのだが…

業種によっては、バブル期の終わりには多少差が出たが、上記の前後2年を含めて好景気だった様に感じる。

それでも、バブル崩壊後は、それまでの社会状況では無いというのは、誰から見ても明らかにわかる物だった。

それまで日本の安定した構造であった、終身雇用や年功序列といった働く側が安心を得られた社会構造が、ガタガタと音を立てて崩れていくのだった。

具体的にどういうことが起こったかというと、バブル期に資産運用と称して簡単に大金を得られると不動産などが、一気に下落、それに伴い専門分野では無いことに目が眩んだ企業が次々と倒産していった。

絶対的に固いと言われていた企業までもが、バブルの雰囲気にのまれ手を出してはいけない分野まで手を広げた結果が最悪の結果を招いた。

バブル崩壊後、そんなニュースが次々と報道された。

堅実な人までもが、判断を狂わされてしまう位バブルというのは、驚異的なことだったのだろう。

戦後、高度成長期で経済大国になった日本が頂点を迎え、その余波が一気に全てを壊してしまった、と感じるほどものすごい勢いでの、転落状態だった。

企業は、それまで青田買いするほど新卒者の採用に力を入れていたが、一気に採用枠を減らし、長く働くコストのかかる社員を解雇(リストラ)するという、今までの日本では考えられない事が起こるようになった。

他の先進国を真似たようだが、何の対策も講じず簡単にコストダウンする手段に走ったの様にしか思えない。

もはや安定した、サラリーマン天国だった日本から”安定”というのが消えていく時代になってしまった。

景気が下がる→物が売れない→価格が下がる→利益が減る→給料が上がらない
というバブル期とは真逆な悪循環になった。

リストラになれば、求職者が増え、不景気で企業側も人員削減お方針から正社員の雇用も控える。

90年代も中盤を迎える頃には、そんな事が当たり前になってきた。

無難に安定した人生を…が幻に変わって来た時期だった。

バブル期とは違い、暗い雰囲気が漂い精神的にも安心感が一気に失われ、不安定な情勢に皆不安ばかりが募っていくのだった。

非正規雇用の増大 ”派遣社員”という名働き方での企業側のコストカット

そんな状況でも、生活費を稼ぐ為に働かざる得ないので、正規雇用が無理なら、やむを得ず派遣等でも働かなければならないのです。

90年代に起こった就職氷河期と呼ばれる世代は、大卒でも正規で就職することがままならない状況だった。

それをきっかけに、正規で働いた経験がない若者が増えていき、それが現在までも尾を引き、年齢を重ねて非正規でさえ働く事が困難になり、やがて自宅に引きこもり親の年金で生活している80/
50問題となっているのも、バブル期からの急下落から立ち上がれなかった日本経済の影響だろう。

”空白の30年”と言われる日本の政治家達の怠慢が大きな原因だと言わざる得ない。

派遣社員とは、時給(交通費込み)で働き、賞与や退職金も無く、昇給すらあるとは限らずほぼないと感下駄方が良い。そして3年という雇用期間に縛られている。

3年働いた派遣社員を直雇用しなければならないという、場当たり的な政策による物だが、3年働いて正社員になったなんて話は、私の周りでは聞いたことがない。

政府のパフオーマンスに、ただでさえ苦しい状況を強いられている非正規社員をどんどん地獄へと追い詰めていっているようにしか思えない。

正規雇用は無理でも、れいわ新撰組が訴えるように、一律最低賃金を1,500円にでもしてくれなければ、経済的にはどうにもならない。

極端な話、このままだと死ねと言われているようにすら感じる。

いい加減、世代交代をして新たな構造に改革していかなければ日本の未来はないだろう。

もはや、絶対的な安定なんてレールは無い 自分の身は自分で守る時代だ

社会保障に安心感を得られないのなら、自分の力でまず生活していける準備をしていかなければならないでしょうね。

ネガティブな現状ばかりをお話ししましたが、逆に言えば昭和の時代に比べたら、多様化した社会にはこれをこうすれば良いという鉄板なパターンは無くなりましたが、色々な生き方が出来る様になったとも言えます。

今まで、オーソドックスな生き方に主観を置いて行ってきたやり方が絶対だという理念は、頭から取り除かないと、自分が苦しくなるだけです。

AIやITの発達により、働き方も多様化したことは間違いありませんし、日本でなくても生きる手段もあるし、国内でも人口激減の行政では、移住してきた住民に対して手厚い支援を行ってくれる町なども出てきますから、生きようと思えば、どこかには何かしら生きていく場所は必ずある様になってきたというのは事実です。

自分の中にある固定観念や先入観に縛られず、もっと柔軟かつ自由な発想がより求められると思います。

こうじゃなきゃダメという考え方が、自分を縛っていることに気づく事から始めた方が良いでしょうね。

別に身を粉にして”社畜”なんて働き方をしないで、自分のペースで生きていく方法なんて探せばあるのですから。

中学の時に、カップヌードルのCMソングに「自由に生きてく方法なんて 100通りだってあるさ〜🎶」という歌詞の歌があったように(浜田省吾 風を感じて の歌詞より引用)自由に生きるる方方法はあるはずです。

探してないだけかもしれません。

今までの考えを変えられないから諦めるのは、自由な生き方を探してからでも遅くなありません。

焦らずのんびり過ごすことも大事ですから、心に余裕を持って勘がていくのが重要ですね。

夢中になれるものがあれば、それを突き詰める生き方もある

シンプルに自分はこれが好きだ!夢中になれる事があれば、それに越した事はない!

だって、誰にも強制されず自分意思で動くのだから、これに越した事はないですよね。

まず、お金のかかることもあるので、全て最初から、思う様にはいく事はないでしょうが、好きな事ならやらされ感も無く自己責任の自覚を持って取り組める事でしょう。

好きな事をして稼いで生活するというのは、非常に確率としては、それこそ無難なことではないですが、結果は別として思い切り自分の目標に向かっていたなら、必ずや成長にもつながるはずです。

中途半端に保守的な生き方を選んで、ちょっとこけたりしたら、目も当てられなくなります。

全く、悔いなくとはなかなかいきませんが、自分はこれだけは生きているうちにしたいというものがあれば、絶対した方が良いと私は思います。

やれる時にやれることをした方が良いと思いますね。

自分の夢を叶えるのは、決して簡単なことではありませんが、やれる環境であればチャレンジした方が良いと思いますよ!


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